第十七節 2023/6/10 アウェイ 対セレッソ大阪 1対2
「今日は負けられないね」
「そうですね」
今日負けると、首位を明け渡す可能性が高い。
「やっぱり、村田さんの言ってる通りになってきましたね」
「いや。でも今年は違うと思うんだけどな」
何だか矛盾する様なことを答える。
「なんかスポーツのファンの人って、ずっとそう言うこと言ってそうですね」
痛い所をつかれて、私は黙り込む。
「でも、色々と旅をしてると、大阪くらいだとすごく近場に感じますね」
「小林さんはなんで神戸にくることにしたの?」
「海の近くで暮らしてみたかったからです。あと、全く知らない土地でやり直してみたかった」
「やり直す?」
「私、小学校で不登校になってから、ずっと自分を責めてたんです。こんなんじゃダメだって」
「学校に行くっていう選択肢は、なかったんだ」
「なかったです。一度失敗したものに、もう一度取り組む気になれなかった。と、言うより、何の疑問も持たず学校に行っている人たちが不思議だった」
「失敗って?」
「大した話じゃないんです。私含めた3人組の友達が居たんですけど、2人組を組む時、余るのは常に私だった。そんな程度の話」
一瞬負け惜しみのように聞こえた。が、私が知っている小林さんは、負け惜しみを言うような人間ではなかった。
おそらく本心なのだろう。
「村田さんは、疑問を持ったことないんですか?」
「ないね」
私は即答する。
「いい大学、いい会社、出世、これが幸せの形であることは間違いないと思っている」
小林さんが嘆息するように答える。
「そうですか」
「でも、それだけが幸せの形じゃないことも何だか分かってきたんだ」
私は続ける。
「これは、正直負け惜しみかもしれない。でも、社会でいうところの普通のレールを歩むだけが幸せじゃないことが分かってきた。まだ、生きたい理由には届かないけどね」
「村田さんも変わってきてるんですね」
「変わらないと生きていけないんだよ。まさかこんな形で社会のレールから脱線するとは思わなかったから」
「なるほど」
小林さんから飛び出した村田さん『も』という言葉をしっかりと捉える。
「小林さんはどう変わっているの」
「正直に言って楽しいです。試合のある週末や水曜日が来るのが、楽しみです。このまま生きていけたらなぁって、思います。でも、同時に時々思うんです」
小林さんが、少し息を吸い込む吐くように言葉を滑らせる。
「私なんかが楽しんでいいのかなって」
試合は1対1で迎えた後半アディショナルタイムに前川のキックミスをつかれ1対2で敗れた。
「あそこでミスするかねー」
「仕方がないですよ。誰でも、ミスはあります」
「そうだね」
帰りの電車で、試合前の会話を反芻する。喋るたびに、小林さんの、『死にたい』で包まれたベールは剥がれている。一方で、剥がれたベールの先にあるものを止めることの難しさも感じる。
やはり、小林さんの言う通り、私には難しいことなんだろうか。何だか楠に教えを請いたくなる。




