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さようなら、愛しい人。どうか私を憎んでください  作者: 凛蓮月@記憶をなくした孤独な妻発売!


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4.禁断魔法


 キリアンを誘惑するとは決めたが、どうすればいいかリリーは途方に暮れていた。

 二人の接点はアカデミーしかない。

 とはいえ、キリアンはリリーの一つ上で、さらに同い年のルイナが常にそばにいた。

 ルイナだけではなく、彼女がいなくても側近候補として常に誰かが控えている。

 アウムフォビアが派遣したキリアンの護衛は、剣闘会で学生優勝した者だ。つまり隙が無かった。


 それに加え、キリアンの卒業まで約半年と迫っており、のんびりしている暇も無い。

 近付けないままいたずら に時間だけが経過していた。


「リリーじゃないか。どうした?」

「フィル」


 フィル──フィリベルト・エクエス・ウィグストゥスは、リリーの数少ない話せる相手だ。

 辺境伯令息の彼は、幼い頃からリリーを気に掛けてきた。


「お似合いだよな、あの二人」

「……ええ」


 誰から見ても幸せそうな二人。

 兄の命令があるとはいえ、その仲を引き裂こうとする自分は、稀代の悪女にでもなった気分だった。

 とはいえ、とにかく隙が無い。

 どうにかして近づかねば、とリリーは焦っていた。


「じゃあ、また後でね」

「ああ。終わったら迎えに行く」


 ルイナと別れ、キリアンはその場に座ったまま動かない。

  しばらくじっとルイナの後ろ姿 を見つめていた。


「……?」

「どうした?」

「いえ……」


 リリーは小さな違和感をおぼえた。

 キリアンの瞳は、ルイナを熱く見つめているようでそうでは無い気がした。

 愛し合っているというより、キリアンの中に焦りがあるような違和感をおぼえたのだ。


 その違和感を拭えぬ ままひと月が経過した頃、ライオスから再度呼び出しを受けた。


「お前、やる気はあるのか?」

「……すみません」

「見てくれだけはいいのだから、色仕掛けでもすればいいだろう?」


 兄は簡単に言うが、リリーに色仕掛けなど無理だった。

 愛されずに育った彼女は、自己肯定感が低い。

 そんな自分を愛してくれる人などいない、と思い込んでいる。


「……分かっているんだろうな?」


 ライオスはリリーを睨み付けながら、親指で首をトントンと叩いた。

 兄は本気だ、と息を呑み、震える声で「承知しました」と言うだけで精いっぱいだった。


「出来損ないのお前にいい方法を教えてやろう。書庫 に色仕掛けの魔法の本がある。それを読んで習得し、キリアンに使え」

「それ……は……禁術ではないのですか?」

「禁術だからどうした。どのみち無理なら……」


 リリーは唇を強く噛み締めた。

 兄という悪魔を呪う魔法もついでに調べてみようかと思うくらいに憤る。

 禁術の存在は知っている。兄が言う魔法は『魅了』だ。

 対象者の精神に作用する魔法は、使用を禁じられている。

 それを使い明るみになれば、罰せられるという事も知っている。

 キリアンは王族だ。おそらく使用すればリリーは処刑されるだろう。


「卑怯な……」

「魅了は確実性のある魔法だと聞く。……大丈夫だ。魅了から始まったとしても、そうと分からなければいい。少しずつ、心変わりをさせて、不自然にならないように」


 まとわりつくような兄の言葉は、兄の部屋を退室したリリーの脳内に甘く痺れていくような感覚を与えた。

 魅了を使えばキリアンを手に入れられる。

 全てを諦めてきたリリーが、唯一欲したのがキリアンだった。

 ルイナと愛し合う様を見て、優しく触れられる手を想像して、自分も愛されたいと本心では願っている。

 もしもそれが叶うとしたら。

 リリーは何度も立ち止まり、引き返し、──図書室へと足向けた。


 重い扉を開き、暗く陰鬱な空気が漂う室内に足を踏み入れる。

 図書室へ来るのは初めてでその広さに圧倒され、どの辺りを探せば良いかリリーは途方に暮れた。

 整然と並んだ背表紙を見ながら、魔法書を探していく。

 まるで導かれるようにして、ほどなく禁術書は見つかった。

 手に取り明るいところで読もうと窓際へ行くと、該当のページを手繰り寄せた。


「魅了……魅了。……あった」


 魅了魔法──

 それは、対象者の好意を己に向ける魔法である。

 瞳を合わせ、数秒見つめるだけで相手の好意は思いのまま。

 成功すれば、溺愛、敬愛、全ての愛を捧げられるだろう。

 徐々に目を合わせる回数を増やし、少しずつ接触していけば効果は倍増。

 これで意中の人はあなたに夢中になる。


 但し、相手の精神に作用するため、急激に好意を得ようとしたり解除すると精神的に壊れてしまう可能性あり。焦らず少しずつ魅了をかけるべし。


「目を合わせなければならないのね……」


 キリアンと見つめ合う事を想像するだけでリリーの胸が高鳴ってしまう。

 遠くから見つめるだけの淡い思いが報われるかもしれないと思うと本を持つ手に力が入る。

 これは兄から課せられた使命だ。

 愛する人との仲を裂いてしまう事に罪悪感がない訳ではない。

 だがキリアンの命を守るためだと己に言い聞かせ、リリーは魔法書を読み込んだ。


 書庫を出たリリーは、早速魔法を試したくなった。

 その気持ちの赴くまま、人がいそうな所へ足向ける。その際ちょうど通りかかったメイド は、リリーに頭も下げずに通り過ぎようとしている。


「ちょっとそこのあなた」

「はぁ? 何でしょうか」

「主に対してマナーがなっていないわよ」


 魔法書の通り、リリーはメイドと目を合わせた。

 瞳に力を宿し、心の中で「あなたは私の虜になる」と念じる。

 するとメイドは先程までの態度とうって変わり、リリーを熱く見つめた。


「申し訳ございません。お詫びいたしますのでどうか見捨てないでください!」


 跪き、両手を組んでリリーを見上げるメイドを見て最初こそたじろいだがその効果をまざまざと見せつけられた。

 全身総毛立つような感覚が押し寄せ、後ずさる。

 嫌悪さえ見せていた者がリリーに愛を乞う。

 心のどこかで、ナニカが沸き上がる感覚に打ち震えた。


 リリーは早速キリアンに使おうとアカデミーでその姿を探した。

 だが、ひと目その姿を見ればやはりやめた方がいいのでは、と足が竦んでしまう。

 ルイナと見つめ合い、慈しみ合う光景を壊してしまっていいのか、と躊躇してしまったのだ。

 ただ、違和感も見逃せなかった。

 この日もキリアンとルイナが分かれ、一人佇んでいる時に思い詰めたような表情をしているのが気に掛かり、思わず声を掛けた。


「こんにちは、第二王子殿下」


 肩を跳ねさせたキリアンは、リリーと目が合った。

 瞬間、彼の中のナニカが弾けた。


「やぁ、こんなところでどうしたんだい?」

「殿下が思い詰めた表情をしていらっしゃるので、気になりまして。……何かお悩みの事でもあるのですか?」


 キリアンの隣に座り、覗き込むようにして見つめられ、キリアンは眉を顰めた。

 抗い難い何かが彼の中に入り込んでいくような奇妙な感覚。

 見ず知らずの女性に心を揺さぶられるような、そんな錯覚を起こして目を逸らす。


「いや、……大丈夫だ」

「そうですか。……あまり、ご無理はなさらないよう」


 リリーは立ち上がるとスカートを摘んで一礼する。

 再び自分を見たキリアンと目を合わせるのも忘れない。

 少しずつ、焦らずに。


 着実にキリアンの心に染みを残した。


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