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さようなら、愛しい人。どうか私を憎んでください  作者: 凛蓮月@記憶をなくした孤独な妻発売!


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3.王家の事情


 ライオスに疎まれているリリーは、常に自分の部屋で食事をとっている。

 ライオスに比べれば質素だが、食事を抜かれたりする事もなく食べられない物でもなかった。だが一人で寂しく食べるのは味気ない。

 リリーにとっての食事とは、ただ腹を満たすだけの物を咀嚼し、流し込むだけの時間だった。


「失礼いたします。ライオス様がお呼びでございます」

「お兄様が?」


 ある日の夕食後、珍しくライオスから呼び出しが来た。初めてといってもいいかもしれない。

 何の用かは見当もつかないが、リリーは了承 の意を伝え、身なりを整えて向かった。

 案内された先の扉を叩き、緊張しながら開ける。

 執務机に座っている兄ライオスは、ストラベル公爵の前妻の子だ。

 銀糸の髪に切れ長の赤い瞳は冷たい印象を与え、リリーは一瞬息を呑んだ。


「お呼びでしょうか」

「ああ。お前に頼みがある」


 久しぶりに会う、仮にも異母妹に対して頼み……と、リリーは眉を顰めた。

 だが何もできなかった自分に対し、初めての事。兄が自分を頼りにしてくれている、と小さな希望で喜びが芽生えた。ライオスはそれに目もくれず、芽生えたものを踏み荒らすような言葉を繋いだ。


「現在の王家の状況は分かるか?」

「いえ……」

「不勉強だな。まあいい。現在、国王陛下には正妃が生んだ第一王子バルトロメオ殿下と、側妃が生んだ第二王子キリアンの二人がいる」


 キリアンの名が出てきて一瞬リリーの鼓動が跳ねた。

 だが殿下という敬称が無い事が引っ掛かる。


「国王陛下はまだ王太子をどちらにするか決めていない。ちなみに我が家はバルトロメオ殿下を支持している」


 不勉強のリリーだが、それは知っている。

 バルトロメオには三つ上の異母姉カレンデュラが嫁いだからだ。

 ライオス程あからさまではないが、カレンデュラもリリーに無関心な姉で、殆ど話さないまま嫁いでいった。

 近況は全く知らない。リリーの中では姉という他人だった。


「カレンから、先日ようやく身篭ったと連絡がきた。だが国王陛下は未だ王太子をどちらにするか決めていない。キリアンの婚約者の後ろ盾も魅力的だからな」


 第一王子バルトロメオの後見は、政略結婚した妻カレンデュラの実家である文官派閥のストラベル公爵家。

 対する第二王子キリアンの後見は、婚約者 ルイナの実家である武官派閥のアウムフォビア公爵家。

 文官と武官は何かと衝突しあい、それぞれの派閥はあまり仲がよろしくない。

 文官は頭が使えない武官は嫌いで、武官は身体が貧弱な文官を見下していた。

 そんな中王太子争いも真っ二つに割れ、それぞれの王子は派閥争いも兼ねた後継者争いに身を置いていた。

 あちらを立てればこちらが立たず、国王としても決めあぐねている。

 どちらかに力が片寄れば決めやすいのだろうが、現在力は拮抗していた。


「お前はキリアンを誘惑してルイナとの婚約を破棄させろ」


 リリーは一瞬呆けてしまった。兄の言っている意味が分からなかったからだ。


「お言葉ですが、キリアン殿下とルイナ様は強い絆で結ばれていらっしゃいます。私が誘惑したとて揺るぎないでしょう」

「仮にもお前は文官のストラベル公爵家の者だろう? 頭を使え」


 自分の頭を指でトントン、とした兄の表情は、リリーを馬鹿にしていた。そして身勝手な言葉に漏れ出そうになった溜息を呑み込む。

 アカデミーで一つ年上のキリアンとルイナの様子を何度も見ているリリーには、二人が互いに信頼し合い愛が芽生えていることに気付いている。

 だからこそほのかな思いを自覚しながらも諦める事にしたのだ。

 一瞬でも魅力的な提案だと 思った事を、リリーは恥じた。


「お断りいたします。私には到底できるとは思えません」

「そうか。ならばバルトロメオ殿下が王太子となったあかつきには、キリアンは暗殺するとしよう」

「な……にを……」


 ライオスの赤い瞳が妖しく光る。聞こえた物騒な言葉に反応して、背中に汗が伝った。


「王位争いに勝利しても、希望の芽を摘み取っておかなければいつか蜂起される恐れがある。だがお前と結婚していれば、いくらなんでも義弟となった者を殺そうなどとは思わないだろう」

「そんな……では万が一誘惑できなかったらどうするのですか?」


 ライオスは目を細めてニヤリと笑う。

 それが全てを物語っていると、リリーは歯を食いしばった。


「分かり……ました」

「最初からそう言えばいい」


 初めて兄から頼りにされ、一瞬でも役に立てると喜んだ自分を呪った。


「もし、失敗したら……」

「そうだね。……まあ、お前が愛し合う二人の仲を引き裂く悪女と言われるだけだね」


 微笑みながら言う兄は、残酷な悪魔だと感じた。

 失敗したら切り捨てられる。

 婚約者もいない厄介者の自分を守ってくれる人はいない。

 リリーは何故ここまで蔑ろにされなければならないのか憤る。

 だが、今まで様々な事を諦めてきた。

 兄の言う事には逆らえない。できなければキリアンの命を奪われてしまう……。


「そんな事は絶対にさせないわ」


 リリーはキリアンを誘惑すると決めた。



 それがどんな結果になるとも知らずに。


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