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さようなら、愛しい人。どうか私を憎んでください  作者: 凛蓮月@記憶をなくした孤独な妻発売!


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2.リリーの生い立ち


 リリー・ソフィーナ・ストラベルは、ストラベル公爵の後妻の子で次女にあたる。

 父ケインは王宮文官長をしており、先妻との間に長男ライオスと長女カレンデュラの二人の子を儲けたが、妻は幼子二人を残して病気で他界。

 その後、せめて後継者の予備を、という親戚の後押しでケインは後妻となるライラを迎えた。


 先妻の三回忌が明けてから再婚するつもりで、ライラは再婚する前からストラベル公爵家に住み、二人の子らと接していった。

 始めはライラに懐かなかったが、彼女の朗らかな雰囲気に徐々に心を開きはじめ、これから家族として温かな雰囲気に包まれるだろうと誰もが思ったはずだ。

 夫妻の仲も年の差があったが概ね良好で、やがて生まれたのがリリーだった。


 だが不幸な事にライラも出産後肥立ちが悪く早逝してしまった。

 二人の妻を相次いで亡くしたため、ケインは二度と後妻を迎えなかった。


 ようやく甘えられる人ができたと物心ついた頃に二人目の母を亡くしたライオスとカレンデュラは、自分たちが母がいなくて寂しい思いをしているのはリリーのせいだと寂しさの捌け口を生まれたばかりのリリーにぶつけた。

 始めはぎこちなかった継母との関係も時が経つにつれ深まり、かけがえのない存在となった矢先の事だった。


 ケインも最初こそ二人を宥めていたが、妻二人を先立たせてしまった不甲斐なさと、特にライオスの癇癪に疲弊し、次第にリリーを庇う事をやめてしまい、文官長としての仕事に打ち込むようになってしまった。

 これが悪手で、ライオスは父が自分たちを顧みないのはリリーのせいだと余計に辛く当たるようになる。


 結果、リリーが物心つく頃には、使用人たちからの冷遇が当たり前になってしまうくらい、彼女を取り巻く環境は劣悪だった。

 ライオスが率先してリリーを苛むものだから、使用人たちは表立って世話をする事ができない。

 次期公爵に楯突けば、自分がどうなるか分からないからだ。

 それでも何とかごまかしながらケインの指示のもと、一部の使用人たちが世話をしていたため、最低限身なりは整えられていた。


 それでもリリーの知識は同じ年頃の令嬢とすれば拙いものだ。

 貴族は十八歳での社交界デビューの前に、模擬練習として王国アカデミーに通う事が義務付けられている。後妻の子とはいえリリーも対象だ。

 ただ、アカデミーに通う前にある程度の知識は要求され、普通であれば家庭教師が付けられ、基礎知識を学ぶ。アカデミーのカリキュラムもそれを前提として組まれている。

 だが家庭教師を付ける事さえライオスの逆鱗に触れてしまい、リリーは満足に勉強すらできなかった。


 このままではどうにもできないと危機感をおぼえたケインは、リリーを自身の職場に呼び寄せた。

 そこで知人に頼み、家庭教師をしてもらった。

 公爵家に呼べばライオスの嫌がらせを受けてしまう。

 どちらにせよ、父がリリーを特別扱いした事により疎まれてしまうため、リリーは息を潜めて暮らしていた。

 父も呼び寄せはしたが、もっぱら家庭教師に任せ切りで何かを話すでもなかった。

 これ以上兄の癇癪を受けたくないため、リリーも文句は無かった。


 そんな時に出会ったのが、第二王子キリアン・ライト・ラングドール。

 ある時休憩時間に一人で王宮の庭先に出ていたが、咲き乱れる花々を見ているうち、自分がどこから来たのか分からなくなり、半ばパニックで半泣きになりながらキョロキョロと彷徨っていた。


「うわっ」

「きゃぁっ」


 ぶつかってしまって尻もちをつき、驚きと緊張の糸が切れたリリーは、とうとう泣きだしてしまった。

 不安と痛みで爆発し、次から次へと涙が溢れてくる。


「大丈夫?」

「痛くないよ。手を出して」


 自分の泣き声に混ざり、少年の声が聞こえる。

 不思議と耳触りの良い声に素直に手を出すと、ポゥッと小さく光った。


「もう痛くないでしょ?」

「ひっく……本当だ」

「よかった。弱いけど、回復魔法をかけたんだ」


 リリーの小さな手はあまり変わらない大きさの少年の手に包まれている。

 元より大した傷ではなかったが、リリーの手には一つも傷痕はなかった。


「痛くないわ」

「そっか、よかった」

「あなたすごいのね。どうやって魔法を使ったの?」


 それから少年に魔法を見せてもらい、リリーの涙はすっかり引っ込んでしまった。

 休憩時間はとっくに過ぎていたが、時間も忘れて少年の魔法に魅了されていた。

 慌ててリリーを探しに来た家庭教師に手を引かれ、お礼も言えずに少年とは別れてしまった。


 その後、家庭教師に先程の少年の名を聞いた。


「キリアン……様」


 金色の髪が光に反射してサラサラしていた。

 透き通るようなサファイアブルーの瞳は、見上げた青空を反射しているようだった。

 リリーの胸に先程見た魔法のように温かな光が灯る。

 キリアンを思い出すたびトクトクと鼓動が高鳴り、家庭教師にも聞こえてしまうのではないかと思うと恥ずかしかった。


「また会えるかな」


 それは希望というより願望だった。

 何を考えているか分からない父より、癇癪だらけの兄より、微笑みながら同情だけする姉より、キリアンといる方がずっと楽しかった。

 第二王子だから、王宮に住んでいるという事だ。

 リリーは休憩時間になるとキリアンと出会った庭に出向いたが、二人が会う事は無かった。


 その後成長し、リリーがアカデミーに入る頃、キリアンが婚約している事を知った。

 政略目的なのだと噂で聞いた。

 だが、ある日の事。いつものように会えるわけでもないのに休憩時間に庭先に訪れた際、リリーは見てしまった。

 キリアンとルイナが仲睦まじくお喋りをし、やがて手を重ね、甘い雰囲気になっている所を。

 リリーに向けたように……いや、それ以上に優しく微笑み、穏やかに話している。

 ショックもあったが、あまりにもお似合いの二人だったため、リリーは同時に自覚した恋心を封印した。


 家族に愛されていないと自覚し、諦める事に慣れ始めていた頃だった。

 だから、二人の仲を引き裂くつもりはなかったのだ。


 そんな彼女がアカデミーに入学し、婚約者もいない、できそうもない自分の将来を考え始めた時、必要以上に話す事のなかった兄から指令がくだった。


「キリアンを誘惑してルイナとの婚約を破棄させろ」


 それはリリーにとって、悪魔の誘惑のような言葉だった。


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