14.偽りの思い
キリアンは魔法省 へ赴き、リリーは魅了を使用していないとの発言をした。
純粋な心変わりでルイナとの婚約を解消し、リリーを望んだのだと証言したのだ。
以降、この事に触れるな、と令嬢たちを一蹴した。
リリーを傷付けるため、その表情を歪ませたいがための令嬢たちだったが、バルトロメオから苦言を呈されたのだ。
「最近のお前の行動は目に余る。仮面夫婦になれとは言ったが、蔑ろにしろとは言ってない。せめて人としての礼節を忘れるな」
キリアンの行動一つでリリーが周りからも冷遇されるのは確かに面白くなかった。
リリーが悲痛に顔を歪めるのは自分だけが見ればいい、と身勝手な思いが勝ち、令嬢たちに甘い顔をするのは止めた。
再び元に戻ったかのように常にリリーのそばにいるキリアンを見て、リリーは戸惑っていた。
「あの……殿下」
「キリアンと呼べ」
「……キリアン殿下」
「以前はキリアン様と呼んでいただろう? 呼び捨てでも構わない。ルイナはそう呼んでいた」
ルイナの名を出されると、リリーの心はピリリと痛んだ。最近は令嬢たちを侍らせる事はなくなったが、何かとルイナの名を出される事が多くなった気がしている。
「では、キリアン様はどうして魔法省に掛け合ってくださったのですか?」
噂が回り、それが真実として処刑された方がキリアンは被害者として見られ、ルイナと復縁しやすくなるのでは、とリリーは考えて噂を積極的に否定はしなかった。
ルイナを愛している、と宣言したキリアンは、リリーがいない方がいい。処刑されれば魅了が悪質だったと認識され、心変わりも魔法のせいだったと受け入れられるのでは、と考えたのだ。
だから処刑を回避させたキリアンの行動を訝しんでいた。
ほんの少しだけ、期待してしまった。だが。
「アッサリと処刑されたらつまらないだろう? 私はね、リリー。きみが傷付く様がもっと見たいんだ」
「……え」
「最近はルイナの名前を出すと表情が固くなるね。だが安心して? リリーはアカデミーを卒業したよね。兄上が立太子されたら次は私たちが結婚する番だ」
甘い顔をして、キリアンはリリーの頬をなぞった。
逃がすつもりはない、と愉快そうに笑う。
「キリアン様は……ルイナ様を愛している、と……」
「そうだね」
「では、ルイナ様が婚約を保留にしている今、全てを私のせいにして、私がいなくなればルイナ様の元へ戻れるではありませんか?」
「リリーはそれでいいの?」
リリーの首筋を噛み、赤い所有印を刻む。
自分のものだと主張するように手を取り、指に噛み付いた。
「ねえ、リリー。きみは魅了を使ってまでも俺を手に入れたかったんじゃないの? 王太子になるのが苦しいって言ったとき、辞めろと言ったじゃないか」
「それは……」
「私はね、王太子の器じゃないんだ。小さくて、卑怯で、自信の欠片も無い、高潔でもない、何の価値もない男なんだよ。そんな私より、兄上の方がよほど相応しい」
キリアンの瞳が潤み、光が戻ったように見えた。
魅了をかける前、リリーが感じていた弱い心を剥き出しにした彼は、常にプレッシャーと戦っていた。
争いは好まない、平和にいきたい。
それは国王となるには優しすぎる綺麗事でしかない。
その事に気付いていたが、ルイナと武官派には絶対に言えなかった。
リリーに言うまで、弱音を吐いた事は無かった。
「兄上はあなたの様子を見抜いていた。私が腐っている間に食事を変えさせ、毎朝医師の診断を受けられるように手配されていた。私があなたの婚約者なのに!」
リリーをソファに押し倒し、きつく抱き締める。
まるで逃さないと言わんばかりに、きつく。
「どれがあなたの本心なんだ? 他の女性と親しくしても受け入れる。ルイナの名前を出せば表情を強張らせるのにルイナと復縁させようとする。魅了まで使って俺を落としたのに、アッサリと別れを受け入れて……俺をどうしたい? 俺はあんたが憎くて憎くて仕方ない。こんなの私じゃない。こんな……こんな、低俗なのは、私の本性なんかじゃないんだ……」
それはキリアンの心からの叫びだった。
魅了され、望まぬうちに裏切らせられ、一気に解除してしまった事で人格まで歪められた。
魅了の反動で使用者であるリリーを憎み、それでもこれまでリリーが見せた愛に縋ってしまう。
こんな事は望んでいないのに、リリーを傷付けて心を満たしてしまう。
本当は優しくしたいのに。
──愛していると言いたいのに。
「もうし……申し訳、ございません。全て……全て私が浅はかで、欲深く、望んではいけないキリアン様の愛を望んでしまった結果です。少しでよかったの。ルイナ様に向けるような優しさを、少しだけ分けてもらえたらそれで良かった。けれど」
リリーの頬に涙が伝い、ソファにしみを作る。
「あなたの優しさが、もっと欲しくなった。愛してほしかった。愛しているから、全てが欲しくなった。ルイナ様になりたかった。私を見てほしかった。誰も、私を愛してくれないから、せめて……偽りの愛でも欲しいと願ってしまった」
ごめんなさい、ごめんなさい、とリリーは泣きじゃくる。
泣いてはだめだ、キリアンを壊してしまった、望まない行動をさせているのは自分なのだから。
許してほしいとは言えない。
歯を食いしばって涙を止めようとしても、次から次へと溢れて止まらなかった。
「逃げるな、リリー。俺と共に、堕ちろ」
キリアンはリリーの涙をすくい取るように口付ける。
やがて唇へ移動し、啄むような口付けをする。
それは魅了を解く前の優しいキリアンがしてくれたものと同じ口付けで、抵抗の意思も無く受け容れた。どうしようもなく嬉しくて、悲しくて、それでもリリーの心を満たしていく。
愛されないと分かっていても、今だけは幸せに浸っていたかった。
辺境でキリアンが魅了魔法を使用されたと聞いたルイナは、フィリベルトに頼み王都へ引き返していた。
キリアンへの思いが未だに燻っているため、このままでは結婚できないと思ったからだ。
聞けばキリアンはまだルイナを愛しているという。
それを希望の縁として、ルイナは馬車を急がせた。




