12.復讐の溺愛
「リリー、このデザインはどうだろうか」
「……よろしいかと存じます」
「でもこの辺り素肌が出るから男たちの注目を浴びてしまうかな。もう少し素肌が出ないようなデザインを見せてくれるかな?」
キリアンに甘く微笑まれた仕立て屋の女性は、顔を赤らめてぼうっと見惚れていた。
「きみのセンスがいいからね、迷ってしまうね。今度個人的にドレスの仕立ての相談をしてもいいかな」
婚約者の目の前で女性を口説き、リリーが表情を強張らせると「やっぱり婚約者が嫌そうだから、止めておくね」とニッコリと微笑う。
それが口説かれた女性の目の敵の原因にされても構わなかった。
リリーに対する憎しみが強すぎて、傷付けてやりたい気持ちが際限無く湧いてくるのだ。
キリアンも 、自分がこういう事ができる人間だったと後から苦しむのは分かっていても止められない。
リリーにはそれが魅了で精神に負担をかけ、更に一気に解除した事によるものだと分かっていたので、キリアンに止めてほしいとも言えなかった。
時折リリーを見る目が「助けてほしい」と縋っているように感じるのだ。
自分がリリーを傷つけ、それを見て満たされていると表面上は見えるが、実際のところキリアンの元々の性質は善だ。
誰しも平等に、手を取り合い、争いを好まず、分け隔てなく仲良く──そんな光に満ち溢れた人物像だからこそ、今の状況が彼にとって良いとは思えなかった。
だが藻掻き苦しむキリアンに何か言ったところで更に壊れてしまうかもしれない。
だからリリーは、キリアンのしたいように、全てを肯定する事しかできなかった。
「さすがに目に余るね」
王家主催の夜会にて、リリーは壁の華となっていた。
キリアンは入場の際にエスコートをし、儀礼的にダンスを一曲踊ったあとは誘われるままに他の令嬢と親しげにしていた。
身体を密着させるダンスも、耳打ちも、わざとリリーに見せつけるように女性の腰を抱き、口付けしてしまうのではないかというくらいの距離に近付いている。
それを見ていたバルトロメオは、リリーに近付き苦笑した。
「私は構いません」
「いいの? あれ。さすがに酷すぎない? 注意してこようか?」
「殿下のお手を煩わせるわけには参りません」
「でも、社交の挨拶は婚約者とするべきだろう?」
キリアンは女性に囲まれ、にこやかに話をしている。
以前はリリーにだけ甘く微笑んでいたのに、今では数多の女性に甘く囁く男になってしまった。
「私が疲れているだろうから休んでおきなさい、とのご命令です。社交は苦手なので、このままで構いません」
「命令、ね。じゃあさ、俺に付き合ってくれる?」
「え?」
バルトロメオはリリーの手を取り、そのままダンスの中心に躍り出た。
「殿下、お戯れを」
「義妹を誘ったんだ。おかしな事があるかい?」
リリーの戸惑いを無視して、バルトロメオは細く小さな手を自分の肩に乗せ、左手を優しく取り音楽に合わせて動き出す。
リリーも戸惑いながらも動きに合わせて踊る。
「痩せてしまっているな。王宮の食事は口に合わないかな?」
「いえ、食欲が湧かないだけです」
「そうか。明日からは消化の良い物を準備するように伝えておこう」
「お気遣いありがとうございます」
バルトロメオの優しさに触れ、リリーは目頭が熱くなった。
キリアンの態度は自分のせいと分かってはいるが、ずっと冷たくされて傷付かないわけではない。
その傷も仕方ないと甘んじて受け入れてはいるが、苦しくないわけではない。
あまり誰かに優しくされた事が無いリリーにとって、気遣われた事に申し訳なさが募る。
けれども今だけは誰かの優しさに縋りたかった。
「辛いなら、キリアンとの婚約を解消してもいい」
「……え?」
「きみたちの不仲が遠くまで届いたようでね。それこそ辺境あたりまで。それで、辺境で予定されていた結婚を延ばしたいと連絡が来た」
それはつまり、ルイナの事だろう。
ルイナの婚約がなくなれば、キリアンは再びルイナと共にいられるのでは、とリリーの脳裏に期待が掠める。
「ですが、再びキリアン様と武官派が結ばれれば、殿下のお立場が……」
「大丈夫だ。カレンが懐妊した事はさすがに聞いているだろう? 男児であれば後継者となれる。それに今更キリアンが復縁しても、武官派の中では不信感が燻っているだろう。間もなく国王陛下から正式に王太子に任命されるし、そうすれば分裂した派閥など敵では無い」
バルトロメオの言葉は、これでキリアンに幸せをもたらせるのでは、とリリーの希望になった。
「殿下にお願いがございます」
「聞こうか」
「キリアン様のお命を保証していただきたいのです」
リリーは無意識にバルトロメオの手を強く握った。
「物騒な話だな。私は暗殺を指示した覚えはないが」
「私がキリアン様を誘惑したのは、兄が……キリアン様の暗殺を仄めかしたからです。殿下を王太子にしたいから、と。私も了承しましたが、キリアン様はルイナ様を忘れられません。どうか、私がいなくても、キリアン様が狙われる事が無いようにしていただきたいのです」
バルトロメオはリリーがキリアンを略奪した経緯を何となく気付いてはいたが、確信が持てなかった。
親友が自分を王太子にしたい余り、異母妹を使ったのか、と思うと哀れに思えてくる。
「分かった。婚約が解消されても、キリアンは私が守ろう。だが、私は義妹の事も心配しているよ」
バルトロメオの優しさに触れ、彼はキリアンのような優しさと人を導く力があると感じていた。
そんな人が義姉の夫で良かった、少なくとも彼女は幸せであるだろう、と思っていた。
「武官令嬢に渡りが欲しいなら手紙を書くといい。私が届けよう」
ルイナへ手紙が書けるなら、今までの謝罪と、キリアンとの婚約は解消する、キリアンはまだルイナを愛していると伝えたかった。
今更と思われるかもしれない。
周りの令嬢と同じく、罵倒されるかもしれない。
それでもリリーは全てを受け入れるつもりだ。
やるべき事ができると、リリーの表情は憑き物が落ちたかのように晴れやかになり、バルトロメオとのダンスを楽しむ余裕もできた。
それを見ていたキリアンが、憎悪の眼差しで見ているとも気付かずに。




