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さようなら、愛しい人。どうか私を憎んでください  作者: 凛蓮月@記憶をなくした孤独な妻発売!


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11.憎しみ愛


「兄上、お話があります!」

「何だ、騒々しい」


 リリーが去った後、キリアンはまず兄であるバルトロメオの元へ向かった。


「リリー・ソフィーナ・ストラベルとの婚約を解消したいのです」


 異母弟の鬼気迫る様子に、バルトロメオはため息を吐いた。

 ルイナとの婚約を解消した後、リリーとの婚約の際口添えしたのは彼だった。

 だから、舌の根も乾かぬうちに婚約解消だのと言い出す異母弟に眉を顰めた。


「リリー嬢との婚約はお前が言い出した事だろう?」

「私はあの毒婦めに操られていたんです!」


 机をばん! と叩き、キリアンは叫んだ。

 操られていたという物騒な言葉に、バルトロメオの片眉が上がる。


「私はルイナと婚約していました。心変わりをして解消するなど、ありえない。そんな不誠実な真似をするなど、私の意思ではない。私は操られていたんです。洗脳、魅了されていたと言ってもいいでしょう」


 バルトロメオはキリアンの訴えを聞き、机を指で弾いた。

 確かに 、穏やかな気質で真面目が歩いているような性格の弟が武官派の令嬢との婚約を解消して別の女性──何の旨みもなく 、後ろ盾にすらなれない女性と婚約した事を不思議に思っていた。

 ライオスの主であり、カレンデュラの夫である彼は、ストラベル公爵家の事情をある程度は把握している。

 二人は異母妹を疎んじていた。

 カレンデュラはリリーの事を気に掛ける振りだけして実際助ける事は無かったし、ライオスにいたってはあからさまに嫌っていた。

 父親も中途半端に気に掛け、公爵家の後妻の子で正式な嫡子のはずなのに公爵令嬢とは思えないほどの教養しか無かったと記憶している。

 そんな女性と結婚したいと言い出した時、正直なところ、労せずして王太子争いに勝った、と感じていた。

 だからリリーを婚約者とする事を咎めなかったし、国王に口添えもした。


 それが今更婚約解消したいと言い出したのだ。

 バルトロメオとしては鼻で嘲笑うものだった。


「今更婚約を解消したとしてどうするんだ。アウムフォビア公爵令嬢は辺境へ旅立った。呼び戻すのか? 何と言って? 魅了されてました、婚約解消は私の本心ではありません。だからヨリを戻しましょうとでも言うつもりか?」


 全てが今更だった。もう遅いのだ。

 キリアンは愕然とし、机に置いた手を握りしめる。

 己の気持ちを捻じ曲げ、人生を狂わせたリリーに怒りが湧き、同時にアッサリと婚約破棄を了承した彼女に苛立ちが募る。


「いいじゃないか、キリアン。このまま結婚し、仮面夫婦となればいい」

「仮面夫婦だなんてそんなっ……!」

「それとも再び王太子争いをするか?」


 兄の冷たい双眸に息を呑み、唇を噛み締める。

 争いを望まない彼は、今更王太子争いをしたいわけではない。


「妻を愛する必要は無い。お前は愛人でも作って楽しくやればいい」


 そんな不誠実な真似ができるわけがない、とキリアンは兄を睨み付けた。

 キリアンの元来の性格が、現状を受け入れられず苦しみが増していく。


「とにかく婚約解消は無理だ。それこそお前の進退に関わる」


 まだ忙しいから、とキリアンはなす術無く退室させられた。

 廊下を歩くたび今までの出来事が思い返されていく。

 ルイナと共に歩むはずだった未来を失くし、武官派との間にいらぬ軋轢を生んでしまった。

 それが自分の心変わりのせいだと思うと腸が煮えくり返りそうになった。

 不貞や裏切りなど一番嫌っていたはずである。

 それをさせたリリーを思い出すと苛立ちが止まらない。

 殺してしまいたい気持ちと、すぐに殺すのは勿体無い、ぐちゃぐちゃにしてやりたい、傷付けて、泣かせて、無様に縋らせたい、その上で耳元で甘く囁きその涙を拭き取って捨てて抱き締めてやりたいという相反する異常とも思える感情が自分の中から湧き出る事に戸惑いを隠せなかった。

  傷付けて泣かせたい、など、ルイナには湧いた事の無い醜いものだと自分自身に苛立ちが募る。

 胸の奥に滾るマグマのようなものをどうにかしたくて胸を掻き毟り、その苛立ちをぶつける先を求めてキリアンは足を動かした。


 キリアンに婚約破棄を宣言され、受け入れたリリーは、これからどうすべきか考えていた。

 王宮に与えられた室内は既に片付けている。

 結局キリアンの命の保障はされていないが、婚約破棄をされた今、これ以上そばにいることはできないだろう。そのため実家に帰る事を一度は考えた。

 だが帰ったところで居場所があるのか、と思うと中々足が動かない。

 結局修道院に行こう、と決意し、最後の荷物を整えている時だった。


「……何をしている」


 常に礼節を欠かさないキリアンが、ノックも無しに室内に入って来た。


「荷物を整理しております」

「どこへ行こうと言うのだ」


 扉の前にいたキリアンは、ずかずかとリリーのそばに近寄り腕を引いた。


「逃げるつもりか」

「婚約を破棄されたのです。いつまでもここにいるわけにはいきません」


 目も合わさず、毅然として受け入れないリリーに苛立ち、腕を掴んだ手に力が入る。

 その痛みにリリーの表情が歪むと、少しだけキリアンの胸がスッとした気がした。


「気が変わった。どうせルイナはフィルと結婚する。武官派も今更私を信用しないだろう。私はお前と結婚するしか道は無い。兄上にも言われたよ。仮面夫婦として結婚し、お前は愛人でも作れとな」


 キリアンの言葉にリリーの顔が悲痛に歪む。

 結婚はするが、自分ではない女性を愛人として迎えると宣言されたのだ。

 キリアンの元の性格を考えると、いくらリリーを愛していないとはいえ結婚前から裏切り宣言をするとは思えなかった。

 変えてしまったのは自分なのだ、とそれを甘んじて受け入れる。

 そうする事でしか、リリーは償う術が無いのでは、と考えた。


「承知……いたしました」


 キリアンは目の前がカッと熱くなった。

 嫌だと、自分以外を愛するなと言えば遠慮なく愛人を作れるのに、と。

 魅了を使ってまで自分を欲したくせに、いざとなったら捨てるのか、と身勝手な感情が湧き出て苛立った。


「愛人など作るか。そんな節操も無い事など恥ずべき行為だ。俺はルイナを愛している。これまでも、これからも、ずっと、変わらない」


 ゆっくりと、リリーの脳裏に刻み付けるように言葉を紡ぐ。


「……知っています。あなたが私を愛する事など無いと、承知しています」


 瞳を揺らし、それでもリリーは微笑んだ。

 今にも泣き出しそうなのに、気丈に振る舞う様を見て、キリアンの心が激しく揺さぶられる。

 今すぐにでも「今までのは嘘だ。悪い冗談だ」と撤回したい衝動に駆られるが、そんな事をしてもリリーの態度は変わらないだろう。それに嘘を吐くなどしたくなかった。


「知っているならば、いい」


 掴んでいた手を離し、細く白い腕に跡が付いているのを見るとチクリ、と胸が痛んだ。

 これ以上ここにいれば、リリーに優しくしてやりたくなる。だが今はしたくなかった。

 感情が乱れたまま、キリアンは部屋をあとにする。


 リリーは扉が閉まった音を聞くと、自嘲するように乾いた笑みを漏らした。


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