濁流――渦
3 蛸
昨日の不渡土木の説明では川崎市麻生区は斫った破片の撤去・運搬という話だったが、実際は小学校の新築工事であり、旧校舎を解体した廃材をトラックに乗せる作業だった。大半は機械でトラックに運ぶのだが、機械では取り除けない撤去材を一つひとつ手で運び入れる仕事だった。
「ほらね」
現場を見た願成寺は『やっぱり』と言いたげな口ぶりだ。
「何が斫り作業だよ」
ヘルメットや防塵マスク、タオルを渡されながら「騙されたねえ」と願成寺が呟く。
現場監督は毒づく。
「女が二人ィ? 男手が欲しいんだぜ、男だぜぇ。明日から男よこしな。あの刺青男なんかよくやってたぜ」
「刺青男って祖父江のこと?」と願成寺が言う。
「名前忘れたが、そんな奴らをよこせって、おめえらの社長に言っとけ。それにてめえら無駄口叩くンじゃねえぞ、高けぇ金、払うんだからよ」
『労働者名簿、見てないんかい』と愚痴りそうな願成寺はぐっと堪えて、的場、天馬と一緒にモウモウと舞う粉塵の中へ歩を進めた。
あちこちで破壊する音が轟く。
ジーゼル特有の機械音が方々で鳴り響いている。
頭痛を起こしそうな現場だ。
「結構重いでがす」
的場が音を上げそうな厚みのあるコンクリ片を、天馬は左腕を使いひょいひょいと一輪車(通称、猫)に運び入れる。
天馬は無言で拾い集め一輪車に放り込む。そうでもしないと、やりきれない思いで一杯なのだ。
「チカラ、凄いでがすな……これがバイオなんとかですかい」
そう言いながら的場が重い一輪車を押すと「放り込むのもやるわ」と答える天馬だ。
「これでかくて載せられないよ。もっと砕けッてえのっ」
願成寺がぼやくのも無理はない。一メーター四方の、しかも重い鉄筋コンクリ片だ。しかし天馬は左腕を二度三度振るい、見事に粉々にした。
バイオアームを隠すことをしなくなった天馬であるが、作業に追われ誰も天馬を見ることは無い。知っているのは願成寺と的場だけだ。
昼食を摂り、倉庫に帰り、報告を上げ、寝付けないマンションのベッドで悶々と夜を明かし、次の朝には出社する――その繰り返しが四日たった。
「メドがついたぜ、明日からは来なくて良いぞ」
その日の夕方、現場監督はお役御免とばかり願成寺達に伝える。
「てめえらんとこが一番早かったぜ、ありがとよ」
『あれで褒めてんのかよ、憎たらしいッたらありゃしない』
願成寺は運転しながら事務所倉庫に帰社するのだった。
願成寺の報告を聞いた今度は寺家は困った顔をした。
「終わったのは良いけど請求の仕方分からないわ」
管弦が言う。
「不渡土木専用の請求書があるんだヨ。でも燃えちゃったから買いに行かないと」
「そうなの?」
実務を知らない寺家には驚きだ。
「それと協力会費ってモンがあって、強制的に引かれるんだよな。請求出しても入金されるのは早くても二ヶ月後だヨ」
その管弦の言葉にがっかりするような寺家だった。
「そうなの? 早く貰いたいのに……以外と面倒なのね」
事情を知る管弦は怒るように言う。
「倒産するの待ってるんだよ、支払い延ばせるからね、そんな汚いやり方なんだよ、アソコはさ」
そんなやり取りを聞いても上の空の天馬だ。
『琴葉……会いたい……』
皮肉なことに天馬を待ちわびていた重伝の気持ちが入れ替わっていた。
「晩ご飯、釣ってきたでやんす」
越狩の言葉に天馬は現実に戻された。
「また鰯ぃ? いい加減飽きるわぁ」
御手洗のあきらめ顔に越狩が言う。
「鰯の他に、ほら」
越狩が差し出した獲物に皆はビックリした。それは「蛸」だった。
ヌルヌルとして越狩の腕に纏わり付いている。
「ヤダーキモいぃぃー」と恐ろしげに騒ぐ御手洗。
「茹でると旨いでやんす」
「戻して来いよっ」と声を荒げる祖父江。
皆、生きた蛸を間近で見たことが無かったのでちょっとした騒ぎになった。
しかし、天馬はその騒動を黙ってみているだけだった――
4 変死体捜査評議会
「重伝琴葉刑事はもう戻ってこないぞ……」
全体会議の中で頼近は残念そうに報告する。ショックを与えないような言い方をしたが、それでも捜査員達には衝撃的な内容だった。
「何処でどうなったんですか?」
神崎が悔しそうに頼近に尋ねた。
「分からん。だが捜査は続行する……と言いたいが……何もかも原因不明のままだ。このままでは消化不良で解散、だな」
諦めるように言うように頼近は言うが神崎は突然言い出した。
「リレー捜査出来ませんか?」
「リレー捜査?」
頼近の疑問に力強く神崎は答えた。
「ここで諦めるわけには行きません。重伝刑事の足取りを追いましょう。謎を解く一端になるかもしれません」
頼近は腕を組み椅子にふんぞり返り、しばらく考え込んだ。
「良し分かった。ミヤケ捜査班、重伝の足取りを追ってくれ」
「承知しました」
それで何が解るわけでもない、と頼近は思ったが、手詰まり状態を打開する一縷になれば、と淡い期待をかけたのだ。しかし足取りが分かるにつれ――
数日後、ミヤケはホワイトボードに切り出した写真を張りつけていく。
「これは重伝刑事がマンションから出て行くところです。時刻は午後七時ちょっと過ぎたあたりです。次に角を曲がるシーンです。何処にも立ち寄る気配は感じられません。さらに進んでいますが、このままでは何処に向かっているか分かりません――次の写真はここです」
「ザキの入り口付近か?」と吉川。
その時、神崎は『今平党中心に……』と呟く重伝の言葉を思い出した。
「想像ですが重伝刑事、民主今平党に向かったのでは?」
ミヤケは後を継いだ。
「ザキの通りの中心部――この写真ですね。まっすく進んでいるのが分かります。ショッピングではありません。ましてやこの時間です。営業時間が過ぎる頃です」
張り出された写真は以上だった。
「次の写真は無いのか?」と頼近。
「はい。ここから先は防カメの設置がありません。で次にこの先に設置してあるカメラには映っておりませんでした」
ミヤケは大きな地図を広げボードに貼り付けた。
「この赤い印が重伝刑事が映っていた場所のプロット図です」
赤い点を見つめた神崎は断言した。
「証拠はありませんが、やはり重伝刑事は民主今平党に単身で乗り込んだのでは?」
頼近は頭に手を置いた。
「この周辺は今平党がカメラの設置を拒否した場所だよな……神奈川県警のミヤハラさんも言ってたが、相手は党首で大災庁の庁官だ。厄介な事態になるぞ」
神崎は断言するように言った。
「張り込みましょう、係長。党首であろうがワルはワルです」
加藤副署長室の内線が鳴った。
「栄警察署捜査2課の倍賞さんお見えですが」
「倍賞か……うむ、こっちへ案内してくれ。……応接室? いや副署長室へ越させてくれ」
ややあって副署長室のドアが叩かれ、総務係とともに倍賞が入ってきた。加藤と同じくがっしりした体格だ。職員がいなくなると二人ともにこやかな顔つきになった。
加藤は椅子を勧める。
「いやあ、久し振りだな。何年ぶりかな、元気にやっとるようだな」と加藤。
挨拶もそこそこに倍賞が言う。
「同期の中ではお前が一番出世したよなあ……どうだ、副署長の席は。俺なんかまだ捜査二課で現場を駆け回ってるぜ」
「おお、いいなあ、ここの署長はあちこち飛び回っていて不在がちでなあ、何でもかんでもワシが首を突っ込まにゃならん。ワシも現場に戻りたいよ。で……何かあったのか?」
加藤の問いかけに倍賞はっきりと話し出した。
「珠伊師党首の公設秘書阿辺圭吾殺人事件についてだが」
「お、やっと、犯人、割れたか?」
加藤に対し倍賞は横に首を振る。
「いや、まだ捜査中だが、容疑者と思われる人物、どうもあんたんとこの管轄署内、中区か西区あたりに潜伏してるようなんだ……」
加藤は興奮気味に返事をした。
「ほう、本当かね。それなりに人口が密集しているし、身を隠すには、何かと都合が良い場所ではあるがね」
倍賞はさらに続ける。
「周辺の聞き込みで五、六人の男集団とすれ違った証言を得ている。凄く慌てているようで、点々とした血の足跡も見つかり、鑑定の結果阿辺圭吾の血液型と一致した」
淡々と報告する倍賞。
「容疑者連中、防犯カメラを巧みにかわしており、道路脇で足跡は消えた。リレー捜査でようやくそれらしき該当車両を発見し、追いかけていった結果、中区福富町の鎌倉街道沿いで解析は切れた」
「ふむ、で、人相風体はわかったか?」
「いや、足跡と阿辺圭吾の解剖所見で総合的に検証した結果、踏み殺すだけの力を持った人物――足の長さ三十五センチ、推定身長二.一メートル前後、体重百三十~百五十前後、大型プロレスラー並みの巨漢だ」
驚く加藤。
「そんな犯人なら直ぐに見つかりそうだがな」
「それが出来そうで出来てない。動機が掴めん。なので栄署では……」
話し終え、別れ際に加藤は倍賞に言う。
「この機会に同期会でもするかね、中華街で飲み会もまた、楽しからずや、だ」
「おお、良いなあ、紹興酒で一杯、ササキやドバシとも会いたいなあ……まあそのうちにな」
笑いながら倍賞は出て行った。
『巨漢か……』
想像する加藤に内線がなった。
「加藤副署長、八王子署から電話ですが……」
「今度は八王子か、忙しいこっちゃ……いま、でるよ……副署長の加藤だが」
「八王子捜査二課のヤマダですが、ちょっと相談と思いましてね」
電話口でヤマダは喋り頷く加藤だったが――
「八王子市長選挙で収賄事件?」
「地元有力者に金品が配られた、と言う、とたれ込みがあり、捜査線上に民主今平党の公認秘書阿辺圭吾なる人物が浮かび上がりましたが……民主今平党党本部はそちらの所管ですね?」
『阿辺圭吾と民主今平党……』
八王子署からの電話で加藤は軽い胸騒ぎを覚えた。
『重伝が言っていたな、民主今平党を中心に事件は回っている……と。重伝は何かを掴んで……廃人となったのか?』
電話が切れると、加藤はおもむろに席を立ち第六会議室に向かった――
5 珠伊師の野望
民主今平党党本部党首控室
珠伊師は嬉しげに扇子をパチリパチリと弾いていた。
「党首様、それほど嬉しいことがありましたのでございますか」と傅く近藤が声をあげる。
「愉快なり愉快なり。……こうも上手くいくとはのう。計画通りことが動いておるわ」
声の調子で『今日の党首様は機嫌が良い』と感じた近藤が顔を上げ珠伊師を見た。
「計画の進捗、誠によろこばしいことでございます」
「お前との話し合うのは久しぶりじゃぞえ、わらわの計画、聞きたいか?」
「はっ是非」
近藤の声に珠伊師は上品に、ホホホ、と笑った。
「今日、予備費の一部から戦闘型Gドロイドの試作品の予算がおりたのじゃ」
ホッとした表情で近藤は言う。
「それはそれは、誠に良きことかな」
「あくまでも一体分の試作品費用だけじゃがの。開発総責任者の横取はそれで十分、と申しておったわ」
「それはそれは誠に……」
「のう、聖ハントス」
「は」
「便宜上戦闘型Gドロイド、呼び名を太郎改、としようと思うが、試作品とはいえ戦闘型Gドロイドじゃ。……もう少し気の利いた呼び名無いかの?」
珠伊師は扇子を広げ優雅に煽る。
近藤は少し考え込んだ。
「さようでございますね……戦闘型太郎ですから……戦太郎はいかがですかな?」
珠伊師はさらに笑い声を上げた。
「それは良い。では次郎改は城次郎、花子改は花右衛門じゃ。どうぞえ?」
近藤は腕を組んだ。
「であれば花子改は、いかにも女性らしく菊代と呼ばせるのは如何でございましょう」
「菊代か……命令を『聞くよ』か……さすが聖ハントス良いぞえ、それに決めよう」
珠伊師は上機嫌だ。
「有り難きお言葉、近藤、感服致しました」
パチン……と扇子を閉じる珠伊師だった。
「絶対、戦太郎を完成させないとならんのじゃ」
そして一ヶ月ほど経ったあるムシムシした日。
Gドロイド開発責任者・横取精密工学博士が横浜市神奈川区のGドロイド開発実験棟に珠伊師を呼び寄せ『戦太郎』を公開した。
台座の上には、太郎より一回り大きくがっちりした体格、さらに圧倒的な迫力で特別迷彩色を着込んだ戦太郎が屹立している。
「戦闘系ですので鉄板を厚くし、プログラムも書き替えましたぞ。それとともに防弾を兼ね備えた専用迷彩服をつくりあげましたわい」
「良い出来じゃない?」
近寄る珠伊師は戦太郎をさする。
「動作不能になったら自爆装置もありまして?」
横取は言う。
「当然当然。その場にしゃがみ数秒後には敵を巻き込むようにプログラミングしてますぞ。もっともこの試作品は信管を外しております故、爆発の危険はありませんがの」
珠伊師は感心する。
「さすがGドロイドの生みの親だけありますわね」
横取精密工学博士は胸を張る。
「実験室で戦太郎の動作確認をすれば、量産体制に入れますぞ」
「楽しみだわ」と上機嫌の珠伊師だ。
「エネルギー充填、完了。エネルギー管着脱完了。博士、命令をどうぞ」
別室からスピーカー経由で声が飛ぶ。
横取は珠伊師の顔を見ながら笑った。
「エネルギー量は三日分ですじゃ。三日間は不眠不休で動きますぞ。はっはっは」
しかし横取の説明で不満そうな表情をした珠伊師だ。
「それだけですか?」
逆に横取は自信たっぷりに言う。
「おや、ご不満でございますかな? だが三日間でも百体もあれば入れ替わり立ち替わり、三百日分の行動が可能でございまするぞ」
珠伊師は考え込むように腕を組んだ。
「試作品が上手くいったとして、量産体制に入れるのはどれほどかかるかしら?」
「これからさらに基本的な動作確認と微調整が済めば、日に三体の製造は可能でございますな。うっひっひ……」
計画通り進行しているのが嬉しいのか、またもや下卑た笑いを吐く横取。
「成功すればB計画なんぞに予算をかける必要が無くなりますぞ」
ふむ、と珠伊師は考え込んだ。
「B計画――あのバイオボーグ計画ねえ」
我が意を得たり、と横取は誇らしげに言う。
「生身の人間改造なんておおよそ、無駄でございまするぞ。ハンドメイドで手足を作り上げるなんて馬鹿げておりますな」
珠伊師は言う。
「ワタクシもそう思っておりますが、B計画総責任者和田総括は抵抗すると思いますよ」
横取は尋ねる。
「ははっ! 抵抗なんて無駄、というもの。一人に数億もかけての交換手術。何ヶ月ものリハビリ、さらに拒絶反応抑制剤も不可欠。人工血液も失敗。今まで何人出来上がりましたかの?」
思い出すように珠伊師は返答した。
「完全なのは確か三人、出来損ないが一人か二人……」
「そうですじゃ、さすが珠伊師大臣。その点自立型Gドロイドは……良いですかな――百%アンドロイド、人造人間でございまする。さらに申せば量産効果で一体当たりの単価は激減しますぞ。いっひっひ……」
「まあ、それにB計画ですと戦闘員など育成するには時間もかかりますし、短期間で出来るものではないわね」
「そうですとも死んじまったら全て、パー。数億の金もパー。バイオボーグ開発予算を削ってこちらに回して貰いたいですな、わっはっは……」
横取の背中の瘤が微かに揺れた。
「そうだわね。次期予算計画に組み込めるように努力いたしましょう」
そう言いながら珠伊師は横取の手を握ると横取はうっとりと珠伊師を見つめる。
そして横取は、傍らのマイクを掴んだ。
「よおし実験開始じゃ。起動させよっ」
「了解。起動スイッチ点灯」
実験室内の方々から光りが点滅しだした。やがて点滅が常時点灯に切り替わった。
戦太郎の両目が淡い青に変化し、目覚めた。
うぉん……と戦太郎は唸り声を上げた。
「まずは歩行訓練開始じゃ」
興奮する横取は命令を下した。
ところが――台座から降りた戦太郎はまっすぐ進み、実験室の扉を右脚で一発で吹き飛ばした。そして何事もなく通路にでた。
「おおッ」
横取は唸った。
「どういう事じゃ! 実験停止ッ」
スピーカーから緊張した声が飛んだ。
「緊急回路遮断っ……博士っ遮断出来ません!」
「なんじゃとっ」
実験室は騒ぎ立てるが、戦太郎はそのまま突き当たりの鉄の扉を破壊し、悠々とした態度で実験室棟建屋からゆっくりと歩き始めた。
「止めろっ止めるんじゃ!」
焦る横取の喚き声を無視するように戦太郎は突然、表通りに駆け出していった――
以下その3に続く




