第44話:産声とノイズ、父(パパ)の右腕
1軍デビュー戦での劇的なホームラン。日本中が「からくりパパ・しみまる」の復活に沸く中、運命の時計は非情に加速した。
試合後のヒーローインタビュー。お立ち台に上がろうとしたしみまるの耳元で、通信機から砂織の苦しげな、しかし力強い声が響いた。
「……しみまる君……予定日より早いけど……来ちゃったみたい。……陣痛よ!」
「えっ!? 砂織さん!」
マイクを投げ出し、しみまるはスタジアムを飛び出した。ユニフォーム姿のまま、タクシーを飛ばして和歌山の産婦人科へ急行する。
分娩室の前。しみまるは祈るように手を合わせた。
だが、その時。右腕のデバイスが、かつてないほどの赤黒い発光を見せた。
ウイルス『イカロス』が、しみまるの動揺と激しい心拍数に反応し、最終プロトコル**『自己崩壊』**を開始したのだ。
『……生命反応、確認。……新個体、排除。……全エネルギーを解放し、ホストを破壊します』
「ぐっ……あああああッ!!」
廊下でうずくまるしみまる。右腕から放たれる高周波ノイズが、病院の精密機器を狂わせ始める。
分娩室のモニターが乱れ、砂織の容態を確認する術が失われようとしていた。
分娩室内から、砂織の叫び声が聞こえる。
「……負けないで、しみまる君! ……あんたの右腕は、壊すためのものじゃない……私たちを、抱きしめるためのものでしょ!!」
その声が、しみまるの脳内に直接響いた。
彼は立ち上がった。激痛で視界が真っ赤に染まる中、自らの左手で、暴走する右腕の**「緊急パージ・レバー」**を掴んだ。
「……イカロス。お前の計算通りにはさせない。……僕の右腕は、野球のためでも、兵器のためでもない。……この子の、パパになるためにあるんだ!」
ガキィィィィィィンッ!!!
しみまるは、自身の生身の肩を脱臼させるほどの力で、ウイルスに汚染された義手を無理やり引き剥がした。
床に転がり、黒い煙を上げて沈黙する**【五つの義手】**。
そこには、ハッキングも、スピードも、キレもない。ただ、血の通った、傷だらけの「肩」だけが残った。
その瞬間。
分娩室から、高らかな、そして力強い産声が響き渡った。
「――おぎゃあ! おぎゃあ!!」
ドアが開き、看護師が赤ん坊を抱えて出てきた。
「……おめでとうございます。元気な男の子ですよ、パパ」
しみまるは、右腕のない体で、左腕一本で、その小さな命を包み込むように抱きしめた。
不思議なことに、右肩の傷口からは、痛みではなく温かい感覚が広がっていた。
砂織が、疲れ果てながらも最高の笑顔でしみまるを見つめる。
「……やったわね。……私たちの、完全勝利よ」




