第42話:呪われた右腕、パパの「共存」宣言
「ウイルスごと飼い慣らせだと……!? 無茶だ、しみまる!」
黒金博士の怒号が響く。だが、NPB本部に食い込んだ「サイバー野球連盟」からの通達は冷酷だった。
『ハッキング耐性も実力のうち。その暴走する右腕で1軍打線を無失点に抑えれば、即座に昇格を認める』
しみまるの右腕には、今もどす黒いノイズが走っている。
**【雷鳴】の爆発的な速度と、【鎌鼬】**の凶悪な変化が、ランダムに、かつ破壊的に発生し続けていた。
「……博士。僕、やります」
しみまるは、自身の膨らみ始めたお腹を愛おしそうに撫でる砂織のホログラムを見つめた。
「生まれてくる子のために、僕は『呪い』を『力』に変えてみせます」
砂織はリモートで、しみまるの脳波と義手の暴走パターンを同期させる特殊訓練を開始した。
「いい、しみまる君。ウイルスが『右へ曲がれ』と命じるなら、あんたはあえて『左へ投げよう』としなさい。そのノイズの狭間に、たった1ミリだけ、あんたが支配できる『空白』があるわ!」
シュッ、ドォォォン!!
制御不能の175km/hが、キャッチャーの防具を粉砕する。
反動でしみまるの肩に激痛が走る。だが、彼は歯を食いしばった。
「……パパが、負けるわけにはいかないんだ……!」
砂織は、自宅のモニター越しに、しみまるの心拍数に合わせて子守唄を歌った。
その優しい歌声が、義手のプログラムの深層部に潜む「破壊衝動」を、少しずつ凪に変えていく。
昇格テストのマウンド。
バッターボックスには、1軍のホームラン王・大門が立っていた。
「ガタガタの腕で何ができる。……消えろ、欠陥品!」
しみまるが振りかぶる。
右腕が、黒い火花を散らして咆哮した。
ウイルス『イカロス』が、しみまるの筋肉を無理やり引き裂き、最強の投球を行おうとする。
(……来るな。……まだだ……今だ!!)
投球の瞬間、しみまるは砂織の歌声に合わせて、わずかに手首を「脱力」させた。
暴走するエネルギーと、しみまるの柔らかな脱力。
二つの相反する力がぶつかり合い、ボールは**「消える魔球」**へと変貌した。
ドシュッ……。
160km/hの速度でミットの直前まで迫ったボールが、突如として重力を無視して「停止」し、真下へストンと落ちた。
「な、何だ……!? 物理法則が壊れている……!」
大門のフルスイングが、空を切った。
三者連続三振。
サイバー野球連盟の刺客たちは、言葉を失った。
呪いすらも「家族の愛」で調教し、魔球へと昇華させた少年の姿に。
「……合格よ、しみまる君。……いいえ、パパ」
砂織の涙混じりの声が、スピーカーから流れる。
「今夜は、最高のご馳走を準備して待ってるわ。……1軍への切符を、お土産にしてね」
しみまるは、静かに右腕をパージした。
呪縛から解き放たれた彼の瞳には、1軍の頂点、そして生まれてくる我が子との未来が、はっきりと映っていた。




