第41話:侵食される右腕、暴走する「五つの人格」
ウエスタン・リーグ中盤戦、対中日ドラゴンズ戦。
砂織は産休に入り、自宅からリモートでしみまるのバイタルと義手をモニターする「遠隔女房役」を務めていた。
5回裏、ピンチの場面。砂織がタブレットを叩く。
「しみまる君、ここは**【鎌鼬(キレ特化)】**に換装よ! 外角低めにズバッと決めなさい!」
「了解、砂織さん!」
しみまるがベンチ裏で予備のアタッチメントを装着した、その瞬間だった。
義手の接続端子から、どす黒いノイズがしみまるの視界をジャックした。
『――ターゲット確認。……プログラム「イカロス」起動』
「う、わあああああッ!!」
しみまるの右腕が、本人の意志を無視して激しく駆動音を上げ始めた。
黒金博士が血相を変えてモニターに飛びつく。
「馬鹿な! 外部からのハッキングだと!? ……これは、かつての帝都タイタンズが遺した、義手を兵器に転用するための凶悪なウイルスだ!」
マウンドに戻ったしみまるの右腕は、もはや制御不能だった。
**【雷鳴】の超振動と、【綿雪】**の制動が同時に発生。
右腕の中で「速く振れ」という命令と「止まれ」という命令が衝突し、火花を散らす。
「し、しみまる君! 外しなさい! その腕を今すぐパージ(切り離し)して!!」
砂織の悲鳴のような通信が耳元で響く。
だが、ウイルスによってロックされた義手は、しみまるの生身の肩に食い込み、外すことができない。
バッターボックスには、中日の主砲。
しみまるの意志とは無関係に、右腕が勝手に振りかぶる。
全身のバネが「殺戮モード」へと強制的に書き換えられ、放たれた白球は、スピードガンの限界を超える180km/hを計測。
キャッチャーのミットを弾き飛ばし、バックネットのコンクリートを粉砕した。
「……あ、あぶない……逃げてください!」
涙を流しながら叫ぶしみまる。
右腕は、今度は**【空蝉(変化)】**の機能を暴走させ、ボールを握り潰さんばかりの力でうねり始めた。
自宅のベッドの上、砂織は大きくなったお腹を抱えながら、必死にキーボードを叩いた。
「……私の旦那を、勝手に操らないでよ!!」
砂織は、かつてしみまると交わした「愛の共鳴」のログを、ウイルスの深層部へと流し込んだ。
冷徹な破壊プログラムの中に、二人のデートの記憶、胎動を感じた時の喜び、そして「二人でパパになろう」と誓ったあの日の温もりが、データとなって侵入していく。
『……エラー。……論理不整合。……「愛」は演算不可能です……』
パシィィィィィィィンッ!
義手から黒い煙が上がり、強制ロックが解除された。
「……ハァ、ハァ……。砂織、さん……?」
「……しみまる君、今よ! その腕を捨てて、予備の『生身に近い標準腕』に切り替えて!」
しみまるは、暴走した義手を引き剥がし、地面に叩きつけた。
マウンドには、ボロボロになった少年と、彼を救った「遠く離れた妻」の絆だけが残っていた。




