第39話:ウエスタンの洗礼、新妻コーチの千本ノック
2028年、春。
紀伊プラムスのキャンプ地には、NPBのユニフォームに袖を通したしみまるの姿があった。右肩の怪我で現役を引退し、異例の**「選手兼任コーチ補佐」**(実質的なしみまる専用コーチ)に就任した砂織が、厳しい視線を送る。
「しみまる君! 今の球、甘いわよ。ウエスタンの強打者なら今のでバックスクリーンよ!」
「わ、わかってます! 砂織コーチ!」
二人はオフに籍を入れ、現在は新婚生活の真っ只中。しかし、グラウンドに出ればそこは勝負の世界。砂織は「妻」の顔を封印し、鬼コーチとしてしみまるを徹底的に鍛え上げていた。
開幕戦の相手は、常勝軍団・ソフトバンクホークスの2軍。
2軍とはいえ、そこには調整中の元タイトルホルダーや、160km/hを投げるドラフト1位ルーキーがひしめいている。
「……これが、プロの1軍を目指す男たちの執念か」
マウンドに立ったしみまるは、打席に立つ打者一人ひとりが放つ「圧」が、独立リーグとは比較にならないことを痛感した。
特に注目を集めたのは、ホークスの新外国人選手、マキシマム・カッター。
彼はアメリカの「プロジェクト・ゼウス」の生き残りであり、かつてしみまるがマイアミで戦ったエドワード・キングの教え子だった。
「……しみまる。君の『愛の野球』が、この弱肉強食のウエスタンでどこまで通用するか、試させてもらうよ」
初回の対戦。しみまるの渾身の直球が、カッターに軽くフェンス際まで運ばれる(結果はセンターフライ)。
ベンチに戻ったしみまるに、砂織がスコアブックを突きつけた。
「しみまる君。今の球、アリアの時のような『共鳴』が足りないわ。……新婚生活で幸せボケして、ハングリー精神を忘れたんじゃないでしょうね?」
「そんなことないですよ! でも、カッターのあの威圧感……まるで僕の動きを全て見透かされているような……」
砂織はしみまるの耳元で囁いた。
「……いい? 今夜は晩御飯抜き。……その代わり、私の特製『配球ノート』を全部頭に叩き込みなさい。ウエスタンを1ヶ月で卒業して、1軍に乗り込むわよ!」
第2打席。カッターを前に、しみまるは砂織と「目」で会話した。
サインは……なし。
砂織がベンチから送る微かなリズム。それに合わせて、しみまるが投じたのは、独立リーグ時代よりもさらにブレーキの効いた**『超・遅球』**。
「なっ……!? 演算が……ズレる!?」
カッターのバットが虚空を切る。
プロの技術を、夫婦の直感が再び上回った瞬間だった。
紀伊プラムスのNPBでの第一歩。
それは、「1軍昇格」という高い壁に挑む、過酷で、それでいて最高に熱い夫婦の戦いの始まりだった。




