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からくり野球〜土壇場のジョーカー〜  作者: 水前寺鯉太郎
2年目

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37/46

第37話:壊れた翼と、愛の「棄権(ボーク)」


 優勝決定戦、7回表。紀伊プラムス対ネオ・アイアンズの死闘は、1対1のまま終盤へと突入していた。

 マウンド上のしみまるは、異様な光景を目にする。ワンバウンドしたフォークボールを止めた砂織が、一瞬、立ち上がれなかったのだ。

「砂織さん……!」

 駆け寄ろうとするしみまるを、砂織は鋭い目つきで制した。その右手には、氷室レイから渡されたアンプルが握りしめられていた。

「……来ないで。私はまだ、あんたの球を捕れる」

 砂織はしみまるに見せつけるように、そのアンプルを自身の肩へと突き立てようとした。強制的な筋力ブースト。それを使えば、痛みは消え、試合終了までその座を守れる。しかし、その後の彼女の右腕は、二度とボールを投げることはできなくなるだろう。

愛の拒絶

「待ってください、砂織さん!」

 しみまるは砂織の手首を掴んだ。その手は、かつての義腕よりも強く、必死に震えていた。

「それを使ったら、砂織さんは……もう二度と、僕とキャッチボールができなくなる!」

「……いいのよ! 二人で優勝するって決めたでしょ! 私がここで退いたら、あんたを誰がリードするのよ!」

 砂織の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。優勝への執念、そして愛する男の隣を誰にも譲りたくないという、あまりに人間らしいエゴ。

 しみまるは、砂織の手からアンプルを奪い取り、それを迷わずグラウンドの土に叩きつけた。

「……そんな優勝、いりません」


 スタジアムが静まり返る。

 しみまるは主審に向き直り、はっきりとした声で告げた。

「……タイムです。捕手を交代させてください」

「なっ……!? しみまる君、何言ってるのよ! 交代したら、あんたの投球を誰が捕るっていうの!」

 プラムスの控え捕手では、140km/hを超えるしみまるの球を完全に制御するのは難しい。それは敗北を認めるに等しい行為だった。

「砂織さん。僕は、優勝旗が欲しいんじゃない。……砂織さんと一緒に、これからの人生を歩きたいんです。今日ここであなたの肩が壊れたら、僕のこれからの勝利には何の意味もなくなってしまう」

 しみまるは、砂織の泥だらけのプロテクターを優しく解いた。

「……休んでください。砂織さんがいなくても、僕がこの試合、守りきってみせます。それが、あなたのリードに応える唯一の方法だから」


 砂織は、涙を拭いながらベンチへと退いた。代わりにマスクを被ったのは、若手の控え捕手。

 絶体絶命のピンチ。だが、しみまるの背中に、もはや迷いはなかった。

「(……聴こえる。砂織さんがベンチで見守ってくれている、あの鼓動が……)」

 しみまるは、右腕に宿る「生身の感覚」を研ぎ澄ませた。

 サイボーグ「シン」を相手に、彼はこれまでのどんな試合よりも静かに、そして鋭く、白球を放った。

 もはやサインはいらない。ベンチにいる砂織との「目に見えない糸」が、彼に最高のコースを教えていた。

「――ストライイクッ!! バッターアウト!!」

 砂織のいないマウンドで、しみまるは孤独ではなかった。

 愛する人を守るために、少年は今、本当の意味で「自立したエース」へと覚醒したのだ。

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