第56話 アイルランド国 1486年 二戦目
目標の確認は完了した。老人二人と潜伏メンバーが見守る中、バレリアがペンを走らせる。まるでインクジェットプリンターのような高速の動きで、次々と似顔絵を描き出していった。
だんだんと描かれたマリアの顔が判別できるようになると、アルフィーが悲鳴を上げた。潜伏メンバーたちも、それが若い聖女であると認識したようだ。
「……憑代にされたな」
イーサンがぽつりと呟き、全員が重苦しく頷いた。
あとは能力の確認だが、これほど広範囲に影響を及ぼす魔力は驚異的だ。ただ、聖光治癒の効果は低級の魔物には有効であるらしい。
日の高いうちに一当たりしてみないと分からない――そんな結論に達した私たちは、動ける四人で再び潜入を開始した。空から対象の側まで移動し、遠距離から聖光治癒を放つ。
「苦しんでいます。老化、いえ、元の姿に変化しています!」
バレリアがそう叫んだ瞬間、暗黒の爆発が巻き起こった。
凄まじい勢いで火球がこちらへ向かってくる。聖光治癒を無効化し、反撃に転じてきたのだ。
「最大出力、太陽のエクスプロージョン!」
エラが叫び、魔法を放った。それは目標に到達し、眩い光に包まれると同時に、聖女を中心に大爆発を起こした。
爆風に巻き込まれた刹那、バレリアが私をかばって地面に覆いかぶさった。
エラはどこかへ飛ばされ、マシューの姿も見当たらない。私の影になったバレリアは、背中から半身が溶け落ち、機能停止していた。
アンドロイドである彼女が溶けるなんて。マシューやエラはどうなったの?
私はパニックに陥った。
虚ろな視界で周りを見渡すと、肉体のない霊体のような「揺らぎ」から、こちらを射抜くような視線を感じた。
私はその方向を睨みつけ、持っていた杖に力を込める。限界点を超えた魔力を注ぎ込み、太陽のエクスプロージョンと聖光治癒を同時に発動させた。
それが対象に命中した瞬間、私は眩い閃光と共に意識を奪われた……。
* * *
目が覚めると、私はベッドの上にいた。起き上がろうとした拍子に隣にいたマシューとぶつかりそうになり、軽いパニックになる。
今のは悪夢だったのか――そう思っていると、ラシーヤのマスターであるオルガから連絡が入った。
「大変な経験をしたね。あの悪魔、自分の命を一つ消費してタイムリープさせたみたいだよ。あれは悪魔の王クラスだね。命が二つあるのがその証拠。……すぐに新しい杖を製作して飛びなさい。今の憑代は脆弱だから、今なら倒せる。多分、あの悪魔は北アイルランドのマリアの所を目指すはず。急いで。ちなみに、タイムリープで九十九日前に戻ったからね」
今回のタイムリープのエネルギーを感知したオルガから材料の提供を受けた。私は壊れても構わないという覚悟で、前回の三倍の出力を誇る杖を完成させ、北アイルランドへと急行した。
移動の道中、仲間にこれまでの経緯を話し、マリアの安全確保と悪魔の消滅について打ち合わせた。エラには新しく作った安全な出力二倍の杖を渡し、呪文も伝授した。
「まさかイザベルから呪文を教わる日が来るとはねぇ」
エラはニマニマと意地の悪い笑みを浮かべていた。
まず、広場にいたメイソンを探し出した。彼もこちらに気づき、近寄ってくる。
「あなた方は冒険者ですか?」
前回会った時と寸分違わぬ台詞だ。
「メイソン、聖女マリアに会いたい。聖職者のダニエルと連絡を取って、至急会えるようにして! アイルランドのダブリンから悪魔が向かっているの!」
私が早口でまくしたてると、その真剣さが伝わったのか、彼は「今すぐに!」と駆け出していった。
数分後、ダニエルとメイソンに連れられ、私たちは教会へと足を踏み入れた。そこにはまだ健在な、年老いた方の聖女がいた。
「初めまして、聖女様。私はイザベルと申します。鍛冶屋と聖職者をやっています」
「へぇ、鍛冶屋! 聖女だと聞いていましたが……。今日はどんな御用ですか?」
その問いに、私は事の次第を手短に説明した。そして、彼女に安全な杖を差し出した。
「これは私が作りました。太陽のエクスプロージョンと聖光治癒、それに広範囲の治癒魔法が使える杖です。各呪文を詠唱するかイメージすれば発動します。入院しているアルフィーやイーサンも、これの聖光治癒で完治しました。どうぞお使いください」
「……本当に鍛冶屋なのねぇ」
返ってきたのは、なんとも天然な答えだった。
「それと、このヘルメットを。悪魔からの精神攻撃を防げます」
「あまり防御力はなさそうですね。透明なガラスでよく見えますけど」
またしても天然な反応。私は根気強く説明を続けた。
「精神攻撃を一般人が受けると、操り人形のように操られ、無差別に攻撃してくるようになります。悪魔が人の多い所に入ると大変危険です。私たちと一緒に、外で迎え撃ちましょう」
「そんなに怖いことができる悪魔なのですか?」
「はい。命が二つある、王クラスの悪魔です。ただ、奴はすでに命を一つ消費しています。次は必ず倒します」
私が決意を込めると、彼女は力強く頷いた。
「共に世界を救いましょう」
私たちは握手を交わし、悪魔消滅に向けて動き出した。
少しの休憩を挟み、馬車でダブリン方面へと向かう。前回は聖女とメイソンの部下が同行していたが、今回は私たちがその代わりを務める。
ラシーヤから連絡が入った。
『南西二十キロ。悪魔がこちらを目指しているわ。この速度なら一時間後に接触する』
前回の二の舞を避けるため、特殊防護壁を展開し、避難箇所を設置した。これは前回のように丸焦げにならないよう、安全のために提供してもらったものだ。
馬車を教会に帰し、私たちは静かに悪魔を待つ。
悪魔は正確にマリアを狙ってくるはずだ。
「生贄のような形にしてしまって申し訳ございません。ですが、必ず守ります。エラと私、そしてマリア様が同時に太陽のエクスプロージョンを使えば、勝機はあります。最後に自爆反撃が来るはずなので、その時はすぐにシェルターへ避難してください」
夕暮れ時、ついに奴の姿が見えてきた。
魔導士を憑代にした悪魔がゆっくりと近づいてくる。その後ろには、膨大なゾンビの軍団を引き連れていた。
「射程に入ったら、私に続いて一斉に発動してください」
私はその時を待つ。今回は、マシューやバレリアもシェルター越しに私たちを見守っている。
悪魔が残り数メートルの地点で急停止した。
「えっ!」
何かを仕掛けてくる気配を感じ、私は先制を許すまいと姿を現した。一歩前に踏み出し、魔法を放つ。続いてエラとマリア様も前に出て、光を放った。
三人の攻撃が寸分違わず命中する。悪魔は最期の反撃を試みたが、周囲が光に包まれるのと同時に私たちはシェルターへ飛び込み、その余波を凌ぎきった。
バレリアから「敵の消滅を確認。エネルギー反応ゼロ」との報が入る。
同時にラシーヤからも連絡があった。
『こちらでも消滅を確認したわ。おめでとう』
その言葉に、ようやく胸をなでおろした。本当に強敵だった。
「さっきの爆発で、ゾンビの姿も消えました」
バレリアの報告通り、邪魔な軍勢も一掃されたようだ。
「聖女様、お疲れ様です。すべて終わりましたね」
私が声をかけると、老聖女はとんでもないことを言い出した。
「私は聖女を引退しました! 明日からあなたが務めなさい。私はダーリンと余生を暮らすの!」
「……ええっ!? 私は鍛冶屋なので、教会での仕事はちょっと……」
「いいから、美味しいものを食べましょう?」
彼女は聞く耳を持たない。エラまでが便乗してくる。
「賛成。イザベル、私、甘いものが食べたい!」
どうやら私の受難は、まだ終わらないらしい。




