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第五章2

 第五章 受け継がれし王の魂2


「さてと、準備は良いわね?」


 深夜になると、レファナートの宿泊している部屋にいた俺はその言葉を聞いてゴクリと生唾を飲み込む。


 ついにこの時が来てしまったか。

 

「ああ。でも、本当に空から宮殿になんて忍び込めるのか?俺はお前と違って空を飛ぶ力なんてないんだぞ」


 窓の外は真っ暗になっていた。確かに忍び込むには良い頃合いのように思えるけど。


「大丈夫。私が魔法の力であんたの体も空に浮かせてあげるから。だから、あんたもそんなに怖じ気づかないでよ。それに空を飛ぶって、意外と気持ちの良いものなのよ」


 ローブ姿のレファナートは俺の不安を払拭するように笑って見せる。


「そうか。なら、くれぐれも途中で落っことさないでくれよ。そんなことで死んだらさすがに笑えないし、仮に死ぬとしても名誉ある死に方を選びたい」


 邪神に戦いを挑むことが名誉に繋がるかどうかは分からないけど。


「そんなヘマはしないし、本当に死んだ人間は笑うことなんてできないわよ。まさかこの期に及んで天国があるなんて思っているわけじゃないんでしょうね?」


 レファナートはローブの裾を整えながらそう言ったが、神がいるなら天国があってもおかしくないだろと俺は反論したくなる。


「まあね」


「なら、そんな甘い幻想は捨てた方が良いわよ。とにかく、もう王宮にいる大半の人たちは眠っているはずだし、宮殿の中に入るだけならそんなに難しくないから、あんたも安心しなさい」


 レファナートはそう言い切ると、何が入っているのか分からない袋を腰から下げる。


 あと、今の彼女の手には初めて会った時に所持していた先端に水晶が括り付けられた杖も握られている。

 

「なら良いけどな」


 俺は奥歯に物が挟まったような声で言った。


「何その言い方?私の言うことが信じられないって言うの?」


 レファナートはキツイ眼差しで俺を見ながら言葉を続ける。


「いざ戦いになったら、どこまで互いのことを信頼できるかが物を言うんだし、今は私の言うことに素直に従いなさいよ。はっきり言って、互いのやることに不信感を抱き始めたら、パートナーなんて成り立たないわよ」


 レファナートは嵩高に言うと、眉間にシワを寄せた。


「俺だって今更、お前の方針に逆らうつもりはないし、別に信じていないわけでもないよ。ただ、あんまり簡単にいくようだと、逆に不安が込み上げてくるって言うか」


 相手だって馬鹿じゃないだろうし、待ち構えられている可能性もある。ま、レファナートはそれを承知で飛び込もうとしているわけだが。


「その気持ちは理解できなくもないけど、やっぱりそこは信じるしかないでしょ。この世の中にはね、疑いながらじゃ、決して上手くいかないことがあるのよ。今のあんたなら、それくらいのことは分かるでしょうに」


「そうだな。でも、信じるって言うのが一番、難しいことなんだよ。特にこういう大きなことをやろうとしている時は」


 俺は決戦が間近に控えているというのに、弱気とも言える言葉を発した。


「あんた、弱音は吐かないんじゃなかったの。まあ、そういう言葉を吐き出したくなる気持ちも無理ないけど、ここまで来たら、もう腹を括りなさいよね」


 レファナートは俺の真横に移動すると言葉を続ける。


「こんなことを言うと気休めに聞こえるかもしれないけど、今のあんたならきっとこの国を救うことができるわ。だから、しっかりしなさいっ」


 レファナートは手形が付きそうなくらい思いっきり俺の背中を叩いた。


「分かった」


 活を入れられた俺は決意の炎を瞳に灯して頷いた。


 それから、レファナートはもはや俺の言葉には取り合いわないと言った感じで、さっさとベランダへと出る。

 

 俺も確かな足取りで、その後に続いた。

 

 ちなみに、俺たちのいるホテルの部屋は七階なので、下を見るとかなりの怖さを感じる。

 

「話はこれで終わりだし、さあ、行くわよ。何度も言うようだけど、もう後戻りはできないんだからね」


 レファナートが発奮したように言うと、いきなり俺の体が宙に浮かび始めた。


 その拍子に俺は足を縺れさせてしまったが、下へと落ちることはなく、無重力の中にでもいるかのように宙に浮いている。

 

 もしかしたら、レファナートの魔法で俺の周りの重力は中和されているのかもしれない。


 一方、レファナートは俺の手を握ると一気に空へと飛翔する。


 ベランダの手摺りの外へと躍り出た俺はジェットコースターに乗っている時よりもスリルを感じた。

 

 レファナートは俺の手を引きながら、まさしく空を駆ける。


 俺は宙ぶらりんになった足をばたつかせながら、必死にレファナートの手を握った。ここで落ちたら間違いなく命はない。

 

 そして、しばらくの間、空中散歩が続いた後に俺たちは壮麗にして、壮大とも言える外観を誇る宮殿の真上へと来た。


 幸いにも宮殿にはあまり明かりが灯っておらず、屋上などは暗闇に包まれていた。宮殿の警備をしている人間もまさか空から進入されるとは思っていないだろう。


「あそこに空中庭園があるから下りるわよ。でも、暗いし転ばないように足下には気を付けてよね。ここで見つかるようだと、厄介なことになるし」


 レファナートの言った通り、宮殿の屋上には庭園が設けられていた。もし、これが昼間だったら随分と素敵な場所に見えたことだろう。


 レファナートはゆっくりと移動する速度を落として、庭園の中へと降り立つ。俺も足が地に着いたのを受け、とりあえず安堵した。


「でも、夜だって宮殿を警備している兵士はいるんだよな?見つからずにレヴァナーグの剣が納められている宝物庫まで行けるのか?」


 宝物庫の警備は厳重だと聞いている。


「大丈夫。この時のために眠り薬を作っておいたんだから。私って基本的に何でもできるけど魔法薬の調合は特に得意なのよね」


 レファナートは腰に下げられた袋をパンパンと叩いた。


「眠り薬だって?」


「ええ。この薬は容器の蓋を開ければたちまち気化して建物の中の隅々にまで行き渡るわ。そうすれば普通の人間なら、まず眠ってしまったまま起きれなくなるわね」


 ひょっとして、町に買い出しに行っていたのは眠り薬の材料を揃えるためだったのか、と尋ねるとレファナートはコクリと頷いた。


「普通の人間ならって言うと眠らない奴もいるんだよな?」


「ええ。でも、そんなに多くはいないはずよ。まともに起きていられるのはヴォラクロやその仲間たちだけでしょうし。ま、眠り薬が王宮の中に入り込んでいると知ったら、さすがに連中も警戒するでしょうけど」


 肝心要の連中が眠ってくれないんじゃ意味はないんじゃないのか?


「それなら最初から眠り薬なんて使わない方が良いんじゃないのか?そんなのを使ったら、連中に宮殿の中に誰かが忍び込んだと知らせるようなものだし」


 俺は思い浮かんだ疑問を率直に口にした。


「テッドの割には鋭いところを突いてくるわね。けど、その答えは簡単よ。私は普通の人間とはなるべく戦いたくないの」


「えっ?」


 俺はレファナートの言葉の要点がすぐには掴めなかった。


「もし、眠り薬を使わないで、王宮に入ったら見張りの兵士に気付かれるかもしれない。そうなったら彼らと戦わざるを得なくなるし、最悪、私も彼らを殺さなきゃならない」


 殺すというのは穏やかじゃないな。


「そうか。戦うのはあくまで人間以外の相手だけにしたいんだな」


「そういうこと。それに眠り薬を使っておけば、激しい戦いになっても普通の人間はまず目を覚まさないだろうし。そうなればその人たちを戦いに巻き込まずに済むわ」


 レファナートの言葉を聞き、俺の疑問も氷解した。


「お前もよく考えているんだな。俺じゃあ宮殿の中に忍び込む方法すら思いつかなかったよ」


 レファナートは俺よりも、ずっと賢い。計画を立てるのを任せたのは正解だった。


「あんたは魔法使いじゃないんだからしょうがないわよ。ま、とりあえずレヴァナーグの剣のある宝物庫に行ったら、計画通りに行動するわよ。もし失敗したら命はないと思いなさい」


「分かってる。まあ、綱渡りのような計画だけど絶対に上手くやってみせるよ。俺だって、こんなところで死にたくはないからな」


 俺が勇気を振り絞ってそう言うと、レファナートは庭園から宮殿の中に入り、すぐに袋から瓶のようなものを取り出した。


 それから、瓶の蓋を開けるとモクモクとした白い煙が吹き出してくる。

 

 俺は視界が遮られるほど大量に発生した煙を吸い込んでしまい、あっという間に眠くなってしまった。

 

 でも、煙が宮殿の中を行き渡ったらレファナートがちゃんと俺を起こしてくれる手筈になっている。

 

 彼女に眠り薬は効かないらしいからな。

 

 だから、今はゆっくりと目を閉じよう。戦いの前のちょっとした休息だ。

 

                   ☆


「起きなさい、テッド。いつまでもだらしない格好で寝ているんじゃないわよ」


 誰かが俺の体を揺すっている。でも、俺はなかなか起きることができずに寝返りを打った。

 すると今度は頬に強い痛みが走る。


 誰かが、俺の頬を思いっきり抓っているのが分かった。


「ふぁー」


 俺はようやく重い瞼を開けると、大きな欠伸をした。


 それから、寝惚け眼を擦りながら、周囲を見回すと、そこはいつもの見慣れた自分の部屋ではなく、広い通路だった。

 床には絨毯が敷かれているし、天井からは光を放つ、豪勢なシャンデリアがぶら下がっている。


 それを見て、俺はまだ夢で見ているのかなと思った。

 

「寝惚けてないで、さっさとこれを飲みなさい。死ぬほどまずいけど貴重な薬だから吐き出さないでよ」


 傍にいたレファナートは小さな瓶に入った液体を飲ませてくる。その瞬間、俺は液体のあまりのまずさに噎せ返りそうになった。


「何これ、凄く苦いんだけど?」


 初めて体験する味だ。おかげで一気に意識が冴え渡る。


「でも、目は覚めたでしょ。この薬は、飲めば三日は起きていられるほどの効果があるんだから、あんたも一気に脳が覚醒したはずよ。もちろん、私はこんな薬を飲む必要なんてないけど」


 レファナートは砕けた感じで言った。


 そうだった、俺たちは宮殿の中に忍びこんでいたんだっけ。ちなみに、レファナートの肩にいるガステュークも目をパッチリと開けていた。

 

「そっか。ちなみに俺はどれくらい眠ってたのかな?」


「ちょうど二十分くらいよ。もう、眠り薬も行き渡っただろうし、グスグズせずに宝物庫へと急ぐわよ」


 そう言うと、レファナートは琥珀色の壁に囲まれた通路を走り始める。


 そして、倒れたように眠っている兵士や使用人のような女性の傍を通り過ぎながら、先へと進む。

 

 これには俺もほっとしたような顔をしたが、すぐに取り乱しそうになる。


 なぜなら、いきなり剣や斧を手にしている犬のような顔をしたコボルトにも似たモンスターたちと出会したからだ。

 

 こいつらがヴォラクロスの仲間ってわけか。見た感じ、仲間と言うよりは手下と言った方が良さそうだけど。

 

「こんなモンスターが宮殿の中にいるなんて」


 俺は焦慮に駆られながら言った。


「こいつらは普段は人間の姿に化けているのよ。けど、モンスターの姿に戻っているのを見ると、宮殿に私たちが侵入したことは完全にバレているみたいね。もっとも、それは私の計算通りだけど」


 レファナートは微塵の恐れも感じさせない声で言うと、モンスターに向かって杖を翳した。


「そういうことなら、こいつらを打ち倒していくしかないってことか。正直、面倒だし、宮殿にはどれくらいのモンスターがいるんだ?」


 立ちはだかるモンスターを睨み付けると俺は剣を鞘から引き抜く。こんな奴らに後れをとっている場合じゃない。


「そこら辺は私も把握できていないわ。でも、やるしかないでしょ。ま、こいつらはただの雑魚だし、蹴散らしていくわよ。あんたも手加減なんてしなくて良いからね」


 レファナートがそう言うと、杖の水晶が鈍い光りを放ち始める。何か大きな魔法を使うつもりだな。

 が、臨戦態勢に入った俺たちの意識を割くような声が聞こえてきた。


「待ってください二人とも」


 そう言って、俺たちの背後から現れたのは騎士の制服を着ている青年だった。その青年の顔には見覚えがある。


「あなたはリードさんじゃないですか」


 俺は予想だにしていない人物の登場に驚きの混じった声を上げる。


「このモンスターたちの相手は私がします。お二人はこんなところで無駄な力を使わずに一刻も早く、目的を果たしてください」


 既に剣を抜いていたリードさんはモンスターたちに、その切っ先を突きつける。それを見ると、モンスターたちも武器を振り上げて殺気だった。


「良いんですか?あなたの力量は分かりませんが、この数のモンスターを相手にするのはあなたじゃ厳しいと思いますけど」


「心配は無用です。近衛兵騎士団の副団長の誇り・・・、いえ、この国の未来を案じる一人の騎士としてここにいるモンスターたちは打ち倒して見せます」


 リードさんは覇気に満ちた声で言った。


「そうですか。でも、リードさんはよく眠りませんでしたね?もしかして、あなたも普通の人間とは違うんですか」


 ひょっとしてリードさんもモンスターなのではと疑ってしまった。


「あいにくと私は普通の人間に過ぎません。ですが、夜遅くまで宮殿の警備をしなければならない近衛兵騎士団の副団長ですから、何か起こった時のために眠気を吹き飛ばせるような薬は持っているのです」


 リードさんは近衛兵騎士団の副団長としての矜恃を感じさせる声で言った。


「そうですか。けど、どうして俺たちの手助けをしてくれるんですか?このモンスターと国王がグルなのはあなたも知っているんでしょ?」


 モンスターは国王に容認されて宮殿にいるんだろうし、そんな奴らと戦ったら自分の立場を危うくさせるのではないか。


「はい。私も前々から宮殿の中に人あらざる者が入り込んでいるのは気付いていました。ですが、私は気付いていながら放置していたのです。ルシアス王に逆らう勇気が持てなくて」


 リードさんは悔恨の念を言葉と共に吐き出す。


「なら、ここで俺たちの手助けなんかしたら、あなたの立場も危うくなるんじゃ?」


「全ては承知の上です。私もこの王宮の現状は何とかしたいと思っていましたし、その機会は今をおいて他にありません。が、それにはレファナート様の力が不可欠なのです」


 リードさんはそこで一拍おくと、芯の通った声で言葉を続ける。


「だからこそ、そのレファナート様の手助けができるのであれば、例えこの身が危うくなろうと悔いはありません。ここは私を信頼してくれませんか」


 リードさんはレファナートがこれから何をやろうとしているか知ってるみたいだな。とにかく、そこまで言うなら、俺も止める言葉は持たない。


「じゃあ、この場はあなたに任せます。でも、絶対に死なないでくださいよ。俺も一度は命を賭けてあなたを助けたんですから」


 俺の言葉にリードさんは何とも懐かしそうな顔をした。リードさんを助けたのはそんなに昔のことじゃないのに。


「ええ。では、私もお二人のご武運を祈っています。そして、どうかこのアグナスティア王国を救ってください」


 そう愚直に言うと、リードさんは無駄のない身のこなしでモンスターに斬りかかった。モンスターもリードさんを取り囲むと、一斉に武器を振り下ろす。


 だが、リードさんはそれなりに熟練された太刀捌きで、その武器を弾き飛ばした。


 まあ、モンスターたちもグリフォンよりは手強い相手ではなさそうだし、ここはリードさんを信じて任せよう。


 俺たちはリードさんがモンスターと戦っている隙に、その横を通り過ぎようとしたが、モンスターの方もすかさず、その動きを阻もうとする。

 

 だが、リードさんは俺に武器を向けてきたモンスターの首を切り飛ばして、何とか活路を開こうとした。

 

 するとモンスターたちもリードさんの果敢な戦いぶりに怯んだので、俺とレファナートは一気に通路を走り抜ける。

 

 その際、リードさんの後ろ姿を見た俺は感謝の念を視線に込めて送った。

 

 それから、再びモンスターの集団が現れるとレファナートは容赦なく、光りの槍を放ってモンスターたちを串刺しにする。

 

 俺も的確な動きで、襲いかかってくるモンスターを返り討ちにしていった。

 

 だが、モンスターたちは次から次へと現れるので、そいつらを必死に撃退しながら俺たちは宝物庫へと急ぐ。

 

 それにしても、こんなに多くのモンスターが宮殿にいるなんて。これはもう宮殿は魔窟と化してると言っても良いかもしれないな。

 

 そんなことを思いながら、回廊のようになっている通路に辿り着くと、そこには眠っている四人ほどの兵士がいた。

 

 その奥には頑丈そうな鉄の扉がある。

 

 どうやら、この明らかに普通とは異なる扉の向こうが宝物庫になっているようだ。しかも、扉からは何だか強い妖気のようなものも漂ってくるし。

 

 だが、レファナートはここに来て、宝物庫の鍵を持っていないとか言い出した。これには俺も一体、どうしたものかと考え込む。

 

 すると、そんな俺を余所にレファナートはいきなりスパークする光りの球を放って、扉を紙くずのように吹き飛ばした。

 

 俺も何をするんだと口走りそうになる。

 

 そしたら「鍵なんて使うより、こうした方が手っ取り早いでしょ」とレファナート茶目っ気たっぷりに言った。

 

 まったく、無茶をしてくれるよ。

 

 そして、扉の向こうには荘厳な空気を感じさせる広々とした空間があった。宝物庫と言うよりは何だか教会のような趣だ。

 

 それにこの場所から発せられている空気は丘の上の神殿に通じるものがある。

 

 俺はようやくレヴァナーグの剣を手に入れられると思ったが、あいにくと宝物庫には明らかに兵士たちとは違う服装をした二人の人間がいた。

 

 二人は異質な雰囲気を纏っていて、祭壇の上で宙に浮かんでいる神秘的な剣の前に立っている。

 

 おそらく、あの剣が《レヴァナーグの剣》なのだろう。

 

 だとしたら、その前に悠然と佇んでいる二人は今までの連中とは比べものにならないくらい恐ろしい敵かもしれない。

 

「やっぱりここにいたわね、ジュダにヴォラクロス。ご丁寧にここで待ち構えていたところを見ると、あんたたちもやっぱりレヴァナーグの剣の力は恐れているようね」


 レファナートは威嚇するような目で宿敵の名前を口にする。


 俺も話には聞いていたが、こいつらがそうだと言うのか。確かに尋常ならざる力を持っているようには感じられるが。

 

「それについては否定しませんよ。まあ、あなたの行動など手に取るように分かりますから、ここで迎え撃つのが最善だと私も判断したまでです。ですが、のこのこと宮殿の中に舞い戻ってくるとは命知らずも良いところですよ、レファナート卿」


 レファナートと全く同じ杖を手にし、魔法使いのようなローブを着た男が、邪悪な笑みを浮かべながら言った。


 それを聞き、レファナートは恨めしそうな顔をするも、声を詰まらせる。するとローブ姿の男は俺の心も揺さぶるような言葉を発した。

 

「ひょっとしてゲリュディオンのせいで、腹に据えかねるようなことでもありましたか?」


 ジュダの言葉にレファナートはハッとしたような表情を浮かべる。俺もゲリュディオンの姿を思い出して、全身が総毛だった。


「あのゲリュディオンを送り込んだのはあんただったのね、ジュダ。自らの手を汚そうとしない汚さは相変わらずってこと?それとも、この私と直接、戦うのがそんなに怖かったのかしら?」


 レファナートは挑発するように笑う。一方、俺は沸き上がる怒りで頭の血管が激しく脈打つのを感じた。


「今の私にあなたを怖がる理由などありませんよ。とはいえ、あなたの言った通り、ゲリュディオンを送り込んだのは確かにこの私です。あの神殿に異世界へと続くゲートがあり、そこをあなたが出入りしていたという情報は、私も使い魔からの報告で掴んでいましたから」


 ローブ姿の男、いや、ジュダはさらりと言ってのけると言葉を続ける。


「まあ、王都で何年も腑抜けていたあなたに、生まれ変わったゲリュディオンが倒せるとは思っていませんでしたがね」


 ジュダはレファナートを嘲弄すように笑った。


 するとジュダの肩の上にいた小さなコウモリの目がキラリと光る。おそらく、こいつが使い魔なのだろう。

 どこかで、俺たちの動きを監視してたんだな。

 

「あのゲリュディオンは罪もない人たちをたくさん殺したのよ。しかも、その人たちはこの世界の人間じゃないっていうのに、よくそうやって平気な顔をしていられるわね。あんた、自分がどれほど酷いことをしたのか自覚がないの?」


 レファナートは歯噛みしながら言った。


「そう言われましても、あいにくと私の知ったことではありません。全てはザナルカダス様の指示ですから。それに違う世界の人間なら幾ら死のうと別に構わないのでは?」


 ジュダのまったく心ない言葉には俺も本気でキレそうになる。今すぐにでも良いから、こいつの顔面に剣を投げつけてやりたい。


 レファナートも軽蔑する目をすると、更にありったけの怒りを込めて口を開く。

 

「地に落ちたわね、ジュダ。昔はもう少しマシな奴だったのに心までザナルカダスに売り渡したのかしら。はっきり言って、今のあんたを生かしておく余地はないし、自分のしたことを地獄で後悔しなさい」


 レファナートは呪い殺すような声で言った。それを聞いた俺も腸が煮えくりかえりそうな思いでジュダを睨み付ける。

 

「生まれながらにして人を超えた存在であるあなたに私の気持ちは分かりませんよ」


 その言葉にレファナートの目に戸惑いが生じる。


「現にあなたの言っている頃の私は神からの祝福など受けていない普通の人間でしたからね。いつまでもあなたのように甘い人間ではいられなかったのですよ」


 ジュダは影のある顔で淡々と言った。


「・・・」


 ジュダのその言葉にレファナートは押し黙った。


「それに、別の世界の人間に情を移すようでは、冷徹さを売りにしていたあなたももう終わりです。地に落ちたという言葉は今のあなたにこそ相応しいと思いますが」


 ジュダは揶揄するように言った。これにはレファナートも対抗心を剥き出しにする。

 

「何とでも言いなさい。とにかく、ここらで決着をつけてやるわ、ジュダ。宮廷魔法使いとしての誇りがまだあるのなら、私と一対一で勝負しなさい。これは決闘よ」


 レファナートは焚き付けるように言うと、杖の先をビシッとジュダの方に向ける。それを受け、ジュダもその言葉を待ち侘びていたとばかりに笑みを広げた。


「面白い提案ですが、今の私はかつての私とは違いますよ。ザナルカダス様の力を分け与えられた今の私に勝てる魔法使いなどこの世にはいません」


 ジュダの手に握られている杖の水晶が光った。


「それを承知で、あなたはこの私に勝てると言うのですか?」


 ジュダはそう自負を滲ませる。


「そんなところよ」


 レファナートも一歩も退かない。


「なるほど。なら、その勝負、受けて立ちましょう。さすれば、その甘い認識もすぐに覆されることになるはずです」


 ジュダの自信にレファナートは忌々しそうな顔をする。それを愉快げに見ながら、ジュダは宣言するような声を発する。


「それにあなたさえ倒せば私も真の意味で宮廷魔法使いの頂点に君臨できる」


 そう言うと、ジュダはようやく笑みをかき消し、その瞳に狂おしいほどの野心を滾らせた。


「その器が果たしてあんたにあるかしらね。言っておくけど、後で命乞いをしたって絶対に許してはあげないわよ」


 そう言って、レファナートは冷笑する。 


「言ってくれますね。ならば、私の力をその身で特と味わいなさい!」


 ジュダはローブの裾をはためかせて叫んだ。


「で、残った俺様の相手は誰がしてくれるっていうんだ?こっちは歯ごたえある敵と戦いたくてウズウズしてるって言うのに、肝心のレファナートと戦えないのはつまらない、の一言に尽きるぞ」


 ジュダを超えるような威圧感を放つ巨体の男が、待ち兼ねたように口を開く。その手には牛すら真っ二つにできそうなハルバードが握られていた。


「そんなに戦いたいなら相手はこいつがするわ。言っておくけど、こいつは王の魂を受け入れた人間だし、相手にとって不足はないはずよ、ヴォラクロス」


 レファナートは大胆不敵とも言える言葉を発すると、俺の顔を指さす。まあ、この言葉もレファナートの計画の内なので、俺も無闇に狼狽えたりはしない。


「こいつは愉快なことを言ってくれるな。こんなヒョロヒョロした小僧にこの魔王ヴォラクロスの相手が務まるだと。ハッ、血迷ったか、レファナート」


 ヴォラクロスは恐ろしいプレッシャーを放ち、俺の肌をピリピリさせた。


「そう思うんなら、実際に戦ってみることね。きっとこいつの相手をさせられたことを死ぬほど後悔する羽目になるわよ」


 レファナートはヴォラクロスの闘争心を煽り立てるように言った。


「やれやれ、俺様も随分と軽く見られたもんだな。だが、王の魂をその身に宿した奴なら、少しは楽しませてくれるかもしれん。言っておくが楽には殺さんぞ。この俺様の気が済むまで痛ぶってやろう」


 ヴォラクロスは嗜虐的な笑みを浮かべると、ガキンと床にハルバードを突き立てた。それを見て、レファナートはキッとした顔で口を開く。


「好きにしなさい。でも、一つ忠告しておくけど、こいつを甘く見ると本当に痛い目を見ることになるわよ」


 この言葉には豪胆に笑っていたヴォラクロスも鼻白んだ。


「ほう、そいつは面白い。言っておくが、お前を超えられないような人間ではこの俺を倒すことなど到底、できんぞ。それはこの俺と戦って王宮から追い出されたお前が一番、よく知っているはずだ」


 ヴォラクロスはあくまで自信を滲ませる。


「その通りね。けど、そうやって普通の人間を侮っていたから、あんたはかつてのアグナスに負けたんじゃないの?その事実を忘れたとは言わせないわよ」


 レファナートの言葉にヴォラクロスの顔から笑みが消えた。


「確かに。この俺としても、かつての敗北は自らの慢心さが招いたものだということを証明したいと思っていたところだからな」


 ヴォラクロスのハルバードを握る腕の筋肉が盛りあがった。


「ならば、このガキに対してはこの俺も心置きなく全力を出させて貰うことにしよう。そして、人間ごときに敗北したという汚名はすすがせて貰う」


 ヴォラクロスの凄みを効かせた言葉に俺もブルリと震える。


「そうするが良いわ。とにかく、話はこれくらいにして、そろそろ戦いましょう。私についてきなさい、ジュダ」


 そう言うと、レファナートは宝物庫の横手にある壁にいきなり光りの球を放った。すると壁に衝突した光りの球は大爆発して宝物庫全体を振動させる。


 そして、爆発によって生じた煙が消えると、壁には外へと通じる大きな穴が開いていた。

 

 それを見るや、レファナートはスーッと穴の中へと入って、空中へと身を躍らせる。ジュダも躊躇うことなくレファナートを追いかけるようにして宝物庫からいなくなった。


 すると残された俺とヴォラクロスの視線が絡み合う。


「さてと、邪魔者はいなくなったことだし、俺様も楽しませて貰うか。ついでに、お前が頼みの綱としているレヴァナーグの剣には指一本、触れさせないから覚悟しておけ」


 ヴォラクロスはニヤニヤしながらハルバードを木製のバットのように軽々と振り上げる。こいつもさすがにレヴァナーグの剣の力には恐れを成しているようだな。


「ご託は良いから、さっさとかかって来い、ヴォラクロス。それとも魔王の称号はただ偉そうに喋るための飾りか?」


 俺はガステュークが宝物庫の天井付近にいるのを確認しながら言った。ヴォラクロスに勝てるかどうかは、こいつの行動に掛かっている。


「よく言った、小僧。俺を前にしながら、そんな口を効ける奴は今までにいなかったし、その度胸だけは褒めてやるぜ」


 ヴォラクロスが嬉々とした顔で言うと、その体がいきなり膨れあがる。そして、続けて発された言葉に俺は慄然とした。


「だが、俺様の本当の姿を見てもその威勢の良さが保てるかな」


 凄みを効かせた顔で笑うと、ヴォラクロスの体は見る見る内に変化して、三メートルを超える大きな鬼のような化け物になった。


 その姿はテレビゲームなどに出で来るオーガと瓜二つだし、魔王と呼ばれるに相応しい風格も備えている。


 一方、そんな化け物と対峙することになった俺は恐ろしさに震え上がりそうになるも何とか堪える。

 

 ここが踏ん張りどころだ。

 

「さてと。とりあえず、お前にどれ程の力があるか、拝見させて貰うぞ。お前もこの俺に向かってそこまでの大口を叩いたからには簡単に死んでくれるなよ」


 そう言うと、ヴォラクロスはハルバードを振り翳して、目にも留まらぬ早さで襲いかかって来る。


 俺も隙のない構えで、迫り来るヴォラクロスを待ち受ける。それにしても、何という躍動感のある動きだろう。

 これは相当、戦い慣れしているな。

 

 俺は傍に寄るだけで圧殺されそうなヴォラクロスの巨体から繰り出される攻撃を紙一重のところで避ける。

 それから、反撃するように裂帛の気合いで足を踏み出し、剣を一閃させた。

 

 だが、ヴォラクロスはその一撃を軽々と弾き飛す。

 

 すると俺の握っている剣の刀身にピキッと罅が入った。次にハルバードの刃に触れたら、確実に折れるな。

 そして、ヴォラクロスの凄まじい力に持って行かれるように俺の体も宙を舞う。

 

 だが、何とか空中でバランスを立て直して床に着地すると、俺は即座に剣を構えようとしたが、その時にはハルバードを振り上げたヴォラクロスが眼前にいた。

 視認できないほどの早さのハルバードの刃が俺の頭上に振り下ろされる。それも到底、受け止めることができない凄まじい力の乗った唐竹割だ。

 

 俺はその一撃を目で追うのではなく空気の流れで感じ取り、反射的に横へと飛ぶ。その瞬間、ハルバードの刃はガキーンと大きな音を立てて、床を深々と切り裂いた。


 もし、あと少しでも反応が遅れていたら真っ二つにされていただろう。

 

 それに、今の立ち合いで分かったが、ヴォラクロスはただパワーがあるだけではなく、ハルバードを扱う技量も並々ならぬものがある。

 その動きは極限まで鍛え抜かれた戦士のそれとも言えるな。

 

 俺は一端、距離を取ろうと後退したが、ヴォラクロスはそれを許さず猛然と追撃してくる。

 ブォーンと風を切る音を鳴らすハルバードの刃が何度も俺の体に迫ったが、俺はそれをギリギリのところで避け続けた。

 

 こんな攻撃を食らったら、掠っただけで骨まで断ち切られるぞ。

 

 俺は繰り出されるハルバードの斬撃の間隙を縫うようにして剣を突き出したが、それもひらりとかわされてしまった。

 あの巨体で何という素早い身のこなしだ。

 

 すると、ヴォラクロスは切り返すようにして、旋風を巻き起こす横薙ぎの一撃を放つ。俺は後ろへと跳躍してその攻撃を回避する。

 ハルバードの刃で切られた俺の数本の前髪が、ふわりと風で流れる。それを受け、俺の背筋に寒いものが走った。

 

 だが、戦く暇もなく、ヴォラクロスは絶え間なく攻撃を繰り返してくる。俺も必死に避け続けるが、その攻撃は苛烈さを増すばかりだ。

 

 これでは反撃の糸口すら掴めそうにない。

 

 はっきり言って、こいつはまともに戦って勝てるような相手ではないな。前に戦ったグリフォンやマッド・ドレイクとは格が違いすぎる。

 

 あのゲリュディオンとも異なるタイプの強敵と言えるし。

 

 俺がヴォラクロスの戦い振りに脱帽していると、ヴォラクロスは急に動きを止めて、ニヤリと剛毅な笑みを浮かべた。

 

「思っていたよりもやるな、小僧。その非力さは如何ともしがたいが、動きだけなら見事なものだ。さすが王の魂の担い手と言ったところか。あのレファナートの言葉も単なるハッタリではなかったというわけだな」


 ヴォラクロスの賛辞には応えず、俺は背中から脂汗を流しながらじりじりと後ろに下がる。


 すると突然、ヴォラクロスから凄まじい闘気のようなものが発せられる。宝物庫が膨れあがった目に見えない力によって内側から軋んだ。

 

「ならばこの俺もそろそろ本気で戦ってやろう。レファナートの言う通り、どうやら貴様を甘く見るのは危険なようだからな。俺に屈辱を味あわせたあの憎きアグナスの魂もろとも、貴様をあの世へと送ってやる」


 そう叫ぶと、ヴォラクロスは迸るような殺気を瞳に湛えて、届かない距離だというのにハルバードを振り下ろした。


 するといきなり光りの刃が飛んでくる。

 

 それは宝物庫の床を紙くずのように切り裂き、俺の真横を通りすぎだ。そして、俺の背後の壁にぶつかると大爆発する。

 

 とんでもない威力だし、今の攻撃は一体、何だったんだ?レファナートのように魔法でも使ったのか?

 

「貴様のこれまでの戦い振りに免じて、今のはわざと外してやったが次は当てるぞ。さあ、この俺の前で無様に逃げ惑うが良い」


 そう言うと、ヴォラクロスは何度もハルバードを振り下ろし、光りの刃を放ってきた。おそら食らえば俺の体などいとも簡単に切断されるだろう。


 その上、遠距離からの攻撃じゃ、俺もただかわすしかない。こんなの反則だろ。


 俺は雷光のようなスピードで飛来する光りの刃を死に物狂いでかわし続ける。これじゃあ、ヴォラクロスの言った通り逃げ惑うことしかできないし、絶体絶命だ。


(心を落ち着けろ、テッド。どんな状況であっても、戦いに焦りは禁物だ。ましてや諦めの感情に支配されるようでは勝てる戦いも勝てなくなるぞ)


 唐突に聞こえてきたのはアグナスの声だった。このタイミングで話しかけられても困る。


(そうは言っても、このままじゃ)


 少しでも気を緩めれば死が待っているこの状況を打開する術があるというのか。


(お前はまだ私の力の全てを引き出せていない。もっと、流れ込んでくる力に身を任せろ。そうすれば必ず活路は作り出せる)


 もう身を任せていると言いたいし、それでこのザマなのだからやはり打つ手は。


(でも)


 俺は反論の一つでも口にしてやろうと思ったが、迫り来る光りの刃を前にして、そんな余裕は持てなかった。


(考えるのではなく、感じるのだ)


 アグナスは悟りでも開いたように言った。


(どこの映画俳優だよ)


 俺は思わず突っ込んでいたが、その瞬間、急に感覚が鋭敏化するのを感じた。飛来する光りの刃のスピードが今までより遅く見えるようになったというか。


 俺はアグナスの言う通り、ひとまず心を落ち着けることにする。それは明鏡止水の境地とでも言うべきだろうか。


 すると感覚が更に研ぎ澄まされ、全身の筋肉が自然と撓められていくのを感じだ。

 

 そうなると光りの刃も最小限の動きで難なくかわせるようになる。俺は迫る光りの刃をかわしながら少しずつ前へと進む。

 今なら、ヴォラクロスの猛攻にも耐えられるような気がするのだ。

 

「何だと、急に見違えるような動きをするようになるとはどういうことだ?これも王の魂の力だというのか?」


 これにはヴォラクロスも戸惑いの色を顔に浮かべる。


 俺はヴォラクロスの攻撃の手が止まった隙に疾走していた。

 だが、ヴォラクロスもすぐに返り討ちにするように烈風のごとき勢いで飛来する光りの刃を何度も放つ。


 俺はその攻撃を完全に見切ったようにかわしながら、とにかくヴォラクロスとの距離を縮めようとする。

 これだけの動きができるのなら、接近戦に持ち込んでも必ず勝機は見出せるはずだ。

 

「小癪な。ならこれならどうだ」


 ヴォラクロスは大きな動作でハルバードを振り下ろした。その瞬間、分厚さを増した巨大な光りの刃が放たれる。


 それはまさに怒濤のような一撃だ。

 

 全ての物を蹴散らしていくような、とんでもない質量のエネルギーは光りの刃は言うよりは、もはや光りのウェーブと言った感じだし。

 

 でも、俺は怯むことなく、走るスピードも落とすことなく、真っ向からその光りのウェーブに向かっていくと流れるような動作でそれを避ける。

 

 今の俺の体はまるで羽毛のように軽い。

 

 なので、まさに電光石火とでも言うべきスピードでヴォラクロスの前まで肉薄すると、捨て身の勢いで斬りかかった。


 ヴォラクロスの方もその攻撃を避けると俺の顔面めがけてハルバードを一閃させるが、俺はしゃがみ込むようにしてその一撃をやり過ごす。

 それから、その低い姿勢のままヴォラクロスの懐に入り込むと完璧な太刀筋で剣を振るいヴォラクロスの左腕を切り落とした。

 

「き、貴様、良くもこの俺の体に傷をつけてくれたな。絶対に許さんぞ!」


 ヴォラクロスが苦痛で顔を歪めながら怒号を発する。片腕になってもハルバードは保持できるようだが、それでも力は半減したはずだ。

 

 そして、普通なら、ここはヴォラクロスを倒すには絶好のチャンスに思えるだろうが、手負いとはいえ奴はそんなに甘い相手ではない。

 

 無理に押し切ろうとすれば、手痛い反撃を食らうだろう。

 

 現にヴォラクロスの切り飛ばされた腕の傷口からは肉が盛り上がり、なくなった腕を再生しようとしている。

 

 俺は当初の計画通り、ヴォラクロスに追い打ちをかけるようなことはせずにくるりと体の向きを変えると、後ろに気を配りつつも全力で駆けだした。

 

「このタイミングで、俺に背を向けるだと?」


 ヴォラクロスの意表を突かれたような声が背中越しに聞こえてくる。今の俺が目指すのは祭壇の上に浮かんでいるレヴァナーグの剣だ。


「なるほど、そういうことか。随分の小賢しい真似をしてくれるが、レヴァナーグの剣には触らせんぞ。この一撃で死ね」


 俺の狙いを知るとヴォラクロスは再び全力を込めたような光りの刃を放とうとしたが、それは叶わなかった。


 なぜなら、ヴォラクロスの頭上には体長が五メートルほどのドラゴンがいたからだ。

 

「こんなところになぜドラゴンが?」


 突如として現れたドラゴンを目にして、さすがのヴォラクロスもたじろいだようだった。


 ちなみにそのドラゴンは言うまでもなくガステュークだ。ヴォラクロスはガステュークが巨大化できることを知らなかったのだ。

 

 もっとも、それは計算の内だ。

 

 俺は走りつつも、ガステュークの威風堂々とした姿を見て、やっぱりあいつも凄かったんだなと感心した。

 

 さすがレファナートが信を寄せて相棒と言っただけのことはある。

 

 そして、巨大化したガステュークの出現はヴォラクロスにとっては致命的とも言える隙になった。

 

 ガステュークはヴォラクロスに向かって灼熱の炎を吐き出す。その凄まじい熱は俺の所にまで伝わってきた。

 

 これにはヴォラクロスも炎から逃げるように後退するしかなかった。

 

 一方、俺は巡ってきたそのチャンスを生かして祭壇の前まで来ると、迷わず宙に浮いているレヴァナーグの剣を手にする。

 

 すると全身に途轍もないエネルギーが行き巡るのを感じた。体の血液が煮えたぎるような錯覚に陥る。


 これがレヴァナーグの剣の力だというのか。確かにこの剣には恐るべき力が宿っているようだが、果たして使いこなせるか?

 

「し、しまった」


 光りの刃でガステュークの羽をバッサリ切り落としたヴォラクロスは痛恨のミスだとでも言いたげな顔をする。


 初めて手にした俺はともかく、レヴァナーグの剣の驚異はヴォラクロスもかつての戦いで骨身に染みているはずだ。


 俺は床に落ちてぐったりとしているガステュークに感謝をしながら、溢れ出す力の本流を叩きつけるように剣を振り下ろした。


 すると剣から綺麗に弧を描いた光りの刃が飛び出す。それは真っ直ぐにヴォラクロスへと飛来した。

 

 すかさずヴォラクロスもその光りの刃を打ち消そうとハルバードから更に厚みを増した光りの刃を放つ。

 

 そして、俺の放った光の刃はヴォラクロスの放った光りの刃と真っ正面からぶつかり、二つのエネルギーが激しく鬩ぎ合うような形になった。

 

「グオオー」


 ヴォラクロスが轟くような唸り声を上げる。俺もエネルギーの余波を受けてたたらを踏むような格好になった。


 だが、負けまいとその場にグッと踏み留まった。

 

 それから、俺の放った光りの刃はエネルギーの塊を突き破るようにして飛来し、そのまま直線上にいたヴォラクロスに迫る。

 

 ヴォラクロスも再度、ハルバードを振り下ろそうとしたが間に合わず、レヴァナーグの剣から放たれた光の刃はそのままヴォラクロスの体を見事に両断した。

 

 二つに分かれたヴォラクロスの体は血飛沫を上げながら床に崩れ落ちようとする。


 その際、「ば、馬鹿な」とヴォラクロスの口から驚愕に満ちた声が発せられた。


 と、同時に内臓を盛大に床にぶちまけたヴォラクロスの体は、前のめりに倒れると動かなくなる。

 

 その充血していた目からも光が消えた。

 

 一方、激闘を制した俺はたちまち体の筋肉が弛緩するのを感じた。


 アグナスの言ったレヴァナーグの剣さえあれば勝てない敵などいないという言葉は本当だったか。

 

 まさか、こんなに造作もなくヴォラクロスを倒してしまえるとは。


 俺は脱力したようにその場に立ち尽くすと、灰色の塵となって消えていくヴォラクロスの体を見詰める。

 

 すぐには勝つことができたという結果に実感が持てなかった。

 

 俺はしばらくしてヴォラクロスの体が完全に消えると、我に返ったように倒れ伏しているガステュークの元へと駆け寄る。

 

「大丈夫か、ガステューク?」


 俺がガステュークに声をかけると、その体が風船でも萎むように小さくなっていく。この急激な変貌ぶりには我が目を疑った。


「心配するな。この程度の傷ならすぐに再生する。ドラゴンの生命力をあんまり甘く見てくれるな」


 片方の羽を失い、元の手乗りサイズまで小さくなったガステュークはそれでも精気の失われていない顔で笑った。


「良かった。お前が死んだりしたらレファナートが悲しむからな。もちろん、それは俺も同じことだけど」


 俺もこれにはただ、ただ胸を撫で下ろすしかない。


「その気遣いには感謝する。ま、全ては計画通りだし、上手くレヴァナーグの剣が手に入って良かったな。ついでにヴォラクロスの奴も難なく倒せたし、結果オーライだ」


 それもこれもガステュークが体を張ってチャンスを作ってくれたおかげだ。


「ああ」


 俺ははにかみながら頷くと、とりあえずガステュークを肩の上に乗せる。それから、レファナートは大丈夫だろうかと思って宝物庫に開いた穴へと歩み寄った。


 するとすぐにレファナートも穴の中から姿を現した。どうやら、そっちも勝負がついたみたいだな。


「その様子だとヴォラクロスは無事に倒せたようね。やっぱりあんたはたいした奴だし、さすが私がパートナーとして認めただけのことはあるわ。ま、あんたの戦いぶりを見られなかったのは残念だったけど」


 レファナートの言葉は相も変わらず居丈高だったが俺は何だかくすぐったくなってしまった。

 まっ、今の俺なら何が出て来ても怖くはない。

 

「そういう君はもちろんジュダを倒せたんだろうね?」


 レファナートのローブは所々が破けていたが、怪我はしてないようだった。


「当たり前でしょ。あんな奴に負けるほど私も落ちぶれちゃいないわ。一体、この私を誰だと思ってるのよ?」


 レファナートは威張るように言って肩を竦めた。


「知らないよ。まあ、勝てたんなら別に良いけどな。少なくとも、これで一度は死んでしまった人たちの敵はとれた」


 レファナートなら、どんな敵が相手でも負けるとは思えない。だが、次に出てくるかもしれない相手もそう容易くいくか。


「その通りよ。とにかく、邪魔者は片付いたことだし、一刻も早く、宮殿の地下に行きましょう。そして、異界に通じるゲートを封印するわよ」


 レファナートの言葉に、俺も意を決したような顔で頷く。それから、俺たちは宝物庫を後にすると目指すべき宮殿の地下へと向かった。





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