第四章1
第四章 恐るべき敵との死闘1
今日は土曜日なので学校は半日で終わる。ま、俺は学校が嫌いではないので、別にそれが嬉しいというわけじゃないが。
俺は教室で新鮮な朝の空気を吸い込みながら、昨日のことを思い浮かべていた。
迷宮での戦いは怖くはあったが、血湧き肉躍るものがあったし、まさしくそれは非日常的なできごとと言って良いだろう。
もっとも、部長が渇望して止まなかった体験を俺が先にしてしまったことには若干の後ろめたさを感じるが。
でも、一体、いつまで異なる世界を行き来するような生活が続くんだろうな。どこかでボロが出なきゃ良いんだが。
とにかく、昨日の戦いの反動からか心身ともに疲れ気味だし、明日は日曜日なので家に帰ったら、ゆっくりと休養を取ろう。
レファナートの口振りからするに、本当の戦いはこれからみたいだからな。ならば次も万全の状態で望みたい。
「さてと、今日は土曜日だし学校も半日で終わるから、午後になったらどうするかな。久しぶりにゲーセンで格闘ゲームでもやりたいところだが、お前も一緒に行くか?」
ミックは揚々とした声でそう誘ってきたが、俺は首を振る。
「ゲーセンなら俺は遠慮しとくよ。今日は部活もあるかもしれないし、何だか体の調子も良くないから家に帰ったらとにかく休みたい」
そろそろ新聞も書き上げなきゃならないだろう。どんなことがあろうと穴は開けずに、月に一度は必ず新聞を発行する。
それが部長の信念だからな。
「そうか。今日のお前は何だかやつれたような顔をしてるからな。疲れが溜まっているようなら無理はしない方が良いぞ。風邪でも引いたら事だし」
ミックの思いやりを感じさせる言葉は俺の心に染み渡る。こういう気の遣い方ができるのはさすが幼馴染みと言ったところだろう。
「ああ」
「まあ、お前もレファナートさんと一緒に暮らしてるから、色々と心が休まらないことがあるんだろ。しかも、彼女はかなり気難しい女の子みたいだから、どうせ家でもぎくしゃくした遣り取りをしているんだろうし」
ミックは知った風なことを言った。
「そうだけど、あいつとはだいぶ打ち解けられたよ。もう少し時間をかければ良い関係を築けるかもしれない。ま、こういうことは焦ったところでどうにかなるものでもないし、気長にやるさ」
確かにレファナートのせいで気が滅入りそうになることは多々あった。が、それでも彼女の信頼をとりあえず勝ち得たことは今後の自信に繋がると思う。
「そっか。事情はどうあれ、俺に取っちゃ今のお前は羨ましい限りだし、あんな可愛い女の子と暮らせたら逆に元気が出そうだぜ。そんでもって嬉しいハプニングでも起きてくれたら最高だ」
ミックはレファナートの抱えている事情を知らないから、そんな気楽なことが言えるんだ。
もし、俺と同じ立場に立ったらミックだって、レファナートには嫌悪感しか抱かなくなるだろう。
まったく、知らない奴は気楽で良いな。
「女の子と付き合うって、別に楽しいことじゃない気がするんだけどな。レファナートと一緒にいる俺なんて、うんざりするようなことの方が多いっていうのに」
俺は懲り懲りだといった感じで言うと、ぽつんと呟くような言葉を発する。
「まったく、何でみんな女の子のことなんかに一生懸命になれるんだろう?」
むしろ、女の子と付き合うなんて、痛みを伴うことの方が多い気がする。まあ、レファナートのせいで女の子に幻滅したわけじゃないけど。
「また、そんなことを言って。俺以外のクラスの男子が聞いたら、マジで殺されるって。でも、そこまで女の子に執着しないところを見ると、ひょっとして、お前、あっちの気があるんじゃないのか?」
ミックは下世話に笑った。
「殴るぞ」
俺は大袈裟な感じで拳を振り上げて見せた。
「すまん、すまん。でも、そう言うからには、お前はレファナートさんと付き合ってるんだよな。昨日は恋の相手に彼女を選びたくはないとか言ってたが、やっぱりあれは嘘だったってことだろ?」
ミックは揚げ足を取るように言うと、ここぞとばかりに囃し立ててきた。
「なわけないだろ。付き合うって言うのは単なる言葉の綾だよ。彼女とは、ただ一緒にいるだけで、特別な関係ってわけじゃない」
俺は棘のある声で言った。
「そうムキになるなよ。それにしても、相変わらずの朴念仁ぶりだし、レファナートさんも苦労しそうだな」
ミックは思わせ振りな口調で言った。
「どういう意味だよ?」
「それくらい自分で考えるんだな。とにかく、女の子のことについて、語りたきゃせめてキスの一つでもしてからにしてくれ。じゃなきゃ聞いてるこっちがアホ臭くなる」
この言葉には俺も分が悪いものを感じる。想像だけで恋愛を語るのは子供の証拠だし。
「キスなんてできるわけがないだろ。そんなの女の子を押し倒すよりも難しく思えるし、その相手がレファナートだなんて怖気が走るね」
そんなことを言いつつも、レファナートの瑞々しい唇を思い浮かべて、俺は不覚にも脳の血液が沸騰しそうになる。
「そこまで必死になって彼女のこと悪く言わなくても良いのに。何にせよ、今のお前に女の子とキスなんてできる度胸があるわけないか。もっとも、それは俺も同じだけどな」
ミックは安心と落胆が綯い交ぜになったような顔をすると言葉を続ける。
「まっ、俺たちは高校生になったばかりだし、女の子と付き合うのはまだ早いだろう。やっぱり、今は男の友情を大切にしたいぜ。もちろん、お前だってそう思ってくれているだろ」
ミックは白い歯を輝かせながら言った。
「まあな。そいつは良い心がけだと思うし、あんまり高望みしないことが、楽しい学生生活を送るコツだよ。友達を疎かにして、恋愛になんて走ると馬鹿を見るし」
友の存在は時として肉親にも勝るって言うからな。
「その通りだな。今の俺たちが無理して背伸びしたところで疲れるだけだし、むしろ、今は子供らしい日常を送ることこそ、真に大切にしなければならないことだ」
ミックは雲一つない青空に目を向けると達観したように言った。俺もその言葉には同感だったので、やんわりと笑う。
するとレスティーがいつもよりちょっぴり嬉しそうな笑顔で、俺の前にやって来た。
「ねえ、テッド。来週の日曜日にこの近くでオープンする温水プールの券を貰ったんだけど一緒に行かない?プールには一日中いても無料だからとってもお得だよ」
そう言って、レスティーは手にしていた券を俺に見せた。
「そうは言っても、プールは遠慮したいぞ。お前だって俺が泳ぐのが大の苦手だってことは知っているだろうし、幾ら温水プールだからって夏でもない季節に入ったら帰り道は寒くて震え出しそうになるぞ」
来週なら、予定を開けることもできるはずだがプールは遠慮したい。
「そんなこと言わないで行こうよ。オープンしたばっかりのプールに行く機会なんて滅多にないんだし、テッドだって日曜日は予定なんかないんでしょ?」
レスティーは積極的に誘ってくるが俺は気が乗らなかった。
「そうだけど」
「それに泳ぐのが苦手なら、学校のプール開きが始まる前に今の内から練習しておけば良いんだよ。何なら私がコーチしてあげようか?こう見えても教え方には自信があるんだよね」
練習したって、上手くなれないのがカナヅチと呼ばれる人種なんだよな。もっとも、俺はカナヅチと大袈裟に言われるほど、泳ぐのが下手なわけじゃないが。
「分かったよ。そこまで言うなら、レスティーも俺にしっかりと泳ぎ方を教えてくれよ。お前は俺と違って泳ぐのが得意だし、さすがに今年の水泳テストじゃ、俺もビリにはなりたくない」
俺は根負けしたように言った。でも、アグナスの力を借りれば簡単に泳げるようになるかもしれないな。
「私で良ければ幾らでも教えてあげるよ。あと、今日の午後は私と一緒に駅前のデパートにも行ってくれないかな?私も新しい水着が買いたいし、テッドにも見て貰いたいから」
「水着ねぇ」
水着姿と言ってもレスティーじゃ、特に見たいとは思わないけどな。って、言ったらさすがのレスティーも怒るか。
「私も高校生になったんだから、もっと可愛い水着が着たいし。テッドも一緒に選んでくれると嬉しいな。やっぱり、水着となれば男の子の感想も聞いておかないと」
「そういうのは彼氏とやってくれ。新しい水着を買ったからって、ただの幼馴染みの俺に彼氏のような反応を求めるのは間違ってるんだから」
女の子と水着売り場になんていたら絶対に誤解される。ま、そうなったとしても俺が不利益を被るようなことはないが。
「そんな人がいれば苦労しないよ」
レスティーは寂しげな笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「でも、私もそろそろ本当のボーイフレンドが欲しいかな。私ってまだ初恋とかもしたことがないし、夏になったらテレビドラマみたいにボーイフレンドと一緒に旅行とか行きたいし。もちろん、テッドが一緒に行ってくれるなら、それはそれで嬉しいけど・・・」
ボーイフレンドね。
まあ、レスティーなら喜んで付き合ってくれる男も現れそうだな。たぶん、今までは俺がいたから、男共もレスティーには手を出さなかったに違いない。
では俺という障害物がなくなったらどうなるのか。
それを考えると胸がズキズキした。やっぱり、俺もレスティーには幼馴染み以上の思いを持っているのかもしれない。
とにかく、ミックの誘いは断ったのにレスティーの誘いを受けるのは気が引ける。友達を疎かにするのは良くないと言ったばかりだし。
でも、ミックのニヤけた顔には気にするなと書いてあった。相変わらず友達思いの奴だな。
「お前と旅行に行くなんて、つまんなそうだし俺は遠慮しとくね。ま、俺も初恋はまただから女の子と付き合いたいっていう気持ちはあるよ。もちろん、お前やレファナートと付き合うなんて論外だけどな」
俺は心が捻れそうになるのを感じながら、精一杯の強がりを口にした。それからすぐに自分の気持ちを誤魔化すように言葉を続ける。
「とにかく、レスティーには借りがあるし、デパートでフィッシュ&チップスを奢ってくれるならデパートに行ってやっても良いぞ、うん」
俺も疲れてはいるが、今週のレスティーは俺のためにお弁当とかも持ってきてくれたし、やっぱりこの誘いは断れるものじゃない。
フィッシュ&チップスも自分の心を納得させる口実に過ぎないし。
「オッケーだよ。私もデパ地下でクレープとか食べたいし。特に今の期間はアイスの大盛りが無料なんだって」
レスティーは眩しい笑顔で言った。ちなみにこいつは甘いものが大好きなのだ。
「あんまり食べると太って、せっかく買った水着も着れなくなるぞ。それでなくてもレスティーはいつも美味しい物ばかり食べてるからな」
俺は釘を刺すように言った。ちなみにレスティーのスタイルは至って普通だ。もう少し胸が大きければ見栄えもするんだけどな。
「私は太らない体質だし、お母さんも日頃からカロリーコントロールはしっかりとしなさいって言われてるから大丈夫だよ。だから、今日のアイスの大盛りはもう決まってるのっ」
そう言って、レスティーは真夏の太陽のような笑みを浮かべて見せた。
☆
俺は家に帰ってくるとレファナートと一緒にコンビニの弁当を食べていた。ちなみに部活の方は休ませてくれるよう、部長に携帯で連絡をした。
そしたら明日は朝から部室に来て貰うぞ、という実にいやーな言葉が返ってきた。なので、明日は日曜日なのに学校に行かなきゃならなくなった。
俺はあまり美味しくなさそうな顔で弁当のハンバーグを口に運んでいるレファナートを見ながら、溜息を吐いた。
頭が痛いことに、レファナートは俺とレスティーが一緒に行くデパートに付いていくとムキになって言い張ったのだ。
その理由は今一つ分からないが、レファナートもこの世界のことに興味を持ち始めたからかもしれない。
でも、それはきっと良いことなのだろう。
どうも、レファナートは普通の女の子とはかけ離れた人生を送ってきたみたいだからな。ここらで、普通の女の子としての生活も悪くないってことを教えてあげたいのだ。
それに、もしかしたら水着を試着したレファナートの可憐な姿も見られるかもしれないし、そこら辺は楽しみにしている。
そして、一時ピッタリになると玄関のチャイムが鳴った。
おそらく、レスティーだろう。レスティーは抜けているところはあるが、必ず時間は守る。
「こんにちわー」
俺が元気一杯といった感じの声が聞こえてくる玄関のドアを開けると、そこには水玉模様のワンピースを着たレスティーがいた。
「時間通りだな、レスティー。それにしても私服を着ているお前を見るのは久しぶりだな。でも、なかなか似合ってるよ、そのワンピース」
けど、ちょっと肌が露出しすぎている感じがするな。ま、暑い日もあるようになってきたし、別に問題じゃないけど。
「ありがとう。このワンピースは買ったばかりだし気に入ってるんだ。でも、おかげで私の二か月分のお小遣いは消えちゃったの」
レスティーはしょんぼりしたと思ったら一転して喜んだ顔をしながら言葉を続ける。
「だけど、テッドは似合ってるって言ってくれたし買った甲斐はあったよ」
レスティーの言葉に俺もくすぐったくなった。
「そっか。でも、水着を買うお金はあるんだろうな?言っておくが、何も買わないウインドウショッピングなら俺は付き合わないぞ」
「お金なら心配いらないよ。この前の日曜日にお婆ちゃんの家に行って、お小遣いをたくさん貰ったし。だから、水着を買ってもテッドがフィッシュ&チップスをお腹いっぱい食べれるくらいの余裕はあるよ」
レスティーはニコッと笑った。
「なら、さっさとデパートに行こうぜ。夕方になると天気が崩れるってテレビでもやってたし、雨の中は歩きたくない」
デパートは駅前だし、ここから歩いて行くとなると、けっこう時間が掛かる。その上、レスティーはどこかに出かける時も滅多に自転車を使わないし。
「水着を選ぶだけだから、そんなに時間は掛からないよ。たぶん、ゆっくりフィッシュ&チップスを食べても夕方になる前には帰って来れるんじゃないのかな」
「それもそうだな。あとデパートにはレファナートも一緒に行きたいって言ってるんだけど良いか?」
俺は逡巡しながら言った。
「ええっ」
これにはレスティーも仰け反るようなリアクションをする。
「何、その反応。私が来たら何かまずいことでもあるわけ?それとも、あんたはテッドと一緒にデートにでも行くつもりなの?ハンッ、だから私が邪魔なのね」
見計らっていたようなタイミングで家の奥から顔を出したレファナートは不機嫌そうに言った。
「そ、そんなことはないよ。私はただ一人で水着を選ぶのはつまらないから、テッドに付き合って貰いたいだけだし。だから、デートに行く気なんて全然、ないよ」
レスティーも顔の傍でブンブンと手を振る。レファナートの剣幕にはレスティーも押され気味だ。
「なら、一緒に行かせて貰うわよ。私だって、この世界の水着は見てみたいし、良い経験にはなりそうだもの。もちろん、温水プールには私も行かせて貰うから、そのつもりで」
温水プールはともかく、レファナートが海になんて行ったら、他の男からひっきりなしにナンパされそうだな。
そうなると、また俺の心労が溜まることになりそうだ。
「う、うん。でも、この世界ってどういうこと?」
レスティーはおやっと眉を持ち上げた。
「言い間違えた。つまり、このイギリスという国のっていう意味よ。トロい女のくせにいちいち細かいことを気にしないでよ」
レファナートはばつが悪そうに言った。
「そっか。レファナートさんは外国から来たんだもんね。なら、私もイギリスの良いところを教えてあげるよ」
レスティーはすぐに気を取り直すと、いつもの彼女らしい笑みを浮かべた。
やっぱりレスティーも内心ではレファナートとは仲良くなりたいと思っていたのだろう。なら、今日は良い機会になりそうだな。
「そうしてくれると助かるわ。私もこの国にいる間にバッキンガム宮殿とか行ってみたいし、他にも見るべきところはたくさんありそうだもの。もちろん、この国の観光をする時はテッドも一緒よ」
レファナートは柄にもなく照れたような顔をしながら言った。
こいつも、言葉では強がって見せているが、案外、気を許せるような友達が欲しかったのかもしれない。
「そっか。でも、レファナートさんは制服姿だけど、それで行くの?」
「他に着る服がないんだから、しょうがないでしょ。何なら、デパートとかいう店で新しい服を買っても良いわ。こう見えても私って、お洒落には人一倍、気を遣うのよね。ま、私に着こなせない服なんてないけど」
その金を出すのは俺じゃないだろうな?
「それなら、私も一緒に服を選んであげるよ。私だって、ファッションのセンスには自信があるし、可愛らしくレファナートさんをコーディネイトしてあげるよ」
ファッションのセンスはともかく、レスティーは可愛いものを選ぶのは得意だ。
「なら、よろしく頼むわね」
レファナートはようやく固さが抜けたような声で言った。
☆
俺たちはデパートの三階にある水着売り場にいた。まだ夏ではないので、水着売り場のスペースはそれほど広くない。
だが、それでも夏の空気を感じさせるような、水着はたくさん置かれていた。
ま、この場にレスティーとレファナート以外の女の子がいなかったのは俺にとっては幸いだと言えるだろう。
何だか、女性の店員がさっきから俺の方を注視しているような感じがするからな。
「これなんかちょっと値段は高いけど絶対、レファナートさんには似合いそうだよ。特にキラキラしている生地はポイントが高いと思うな」
レスティーは戸惑うような顔をしているレファナートに緑のビキニを勧めてくる。かなり際どいデザインだし温水プールに着ていくようなやつじゃないな。
「いくら何でもこんな恥ずかしいのは私にだって着れないわよ。あんた、もっともらしいことを言ってるけど、本当はこの私に恥を掻かせたいだけなんじゃないの?」
レファナートは顔面を紅潮させながら言った。
「そんなことはないよ。やっぱり、レファナートさんの真っ白な肌には緑が一番、似合うと思うし、長くて綺麗なブロンドの髪とも相性が良さそうだもん」
レスティーはニコニコしながら、水着を手に取るとレファナートの体に合わせる。
「色は問題じゃないの。この扇情的なデザインに文句を言ってるの。こんなの裸と一緒だし、スケベな男を喜ばせるだけでしょ」
そういうレファナートだって、色気のあるローブを着ていたじゃないか。
「そうかな。レファナートさんってちょっと小柄だけどスタイルは良いし、そんなに恥ずかしくは見えないよ」
レファナートなら水着に限らず、この世界のどんな服でも着こなせそうだ。
「そうかしら?ま、まあ、私に着こなせない水着なんてないからね。でも、この水着は私のセンスには合わないし、悪いけど他のやつにしてくれる?」
その言葉にレスティーは釈然としないような顔をする。
「分かったよ。ちなみに私はこのフリル付きの水着を買おうと思ってるんだ。私は自分のスタイルにあんまり自信がないし、派手なやつは選べないよ」
レスティーはフリルというアクセントの付いた可愛らしさを持つ水着を手に取った。
「そんなことはないんじゃないの。あんただって、細くて綺麗な足をしているし、十分、魅力的に見えると思うわよ。とにかく、私はあっちのやつで良いわ」
レファナートはお腹が見えないワンピースタイプの水着を指さした。確かにあれなら、無難なチョイスと言えるだろう。
「あれもけっこう可愛いよね。でも、やっぱりレファナートさんにはビキニが似合うと思うんだけどな。それにビキニだったらテッドも喜んでくれると思うよ」
俺もビキニの方が好みだ。とはいえ、もし、好きな女の子がいたらそういう水着は着て欲しくない。
言い寄ってくる他の男から女の子を守る自信はないし。
「そんなことを言われても、こいつなんかに喜ばれたって私はちっとも嬉しくないし。やっぱりビキニはあんたが着た方が良いんじゃないの。たぶん、その方がこいつも喜ぶと思う」
レファナートは萎んだような声で言った。しかも、その忙しなく動く目は俺に助けを求めていたし。
「二人ともあんまりはしゃぐなよ。どうせ温水プールに着ていくやつなんだから、別にスクール水着でも構わないだろ」
俺はなかなか二人の会話に加われなかったせいもあり、身も蓋もないような言葉を発していた。
「そんなことはないよ。女の子ならどんなところでも可愛い水着を着ていきたいって思うものなんだから。相変わらずテッドって乙女心が分からないよね」
鈍感を絵に描いたようなレスティーがそれを言うのか。もっとも、俺に微妙な乙女心を理解しろというのは無理な注文だけど。
「そうかい。ま、さっさと選んでフィッシュ&チップスを食わせてよ。今の俺にはそれだけしか楽しみがないし、こういう場所にはあまり長々といたくない」
もし、ミックがいたらこの場にいたら両手に花とは良いご身分だな、とか嫌味の一つでも言ったはずだ。
「もうっ、テッドったら」
レスティーは俺の言葉を聞いて頬を膨らませる。それから、二人は試着室でわいわい言いながら色々な水着を着る。
俺も二人の水着姿は見たかったが、レファナートの猛反対に遭ってできなかった。
これだと何のために気まずい思いをしてまで、水着売り場にいることを耐えてきたのか分からない。
ま、そのおかげで変質者に間違われずにすんだんだけど。と、思ったらレスティーから手招きをされる。
「テッドったら、そんなところにいないで、レファナートさんの水着姿を見てあげてよ。今のレファナートさんはとっても可愛いんだから」
レスティーは何が面白いのか鳩のような顔をして笑った。
「それは遠慮したい」
見た瞬間、ぶん殴られそうだ。
「レファナートさんもテッドに喜んで貰いたくて、一生懸命、水着を選んだんだよ。男の子ならこういう時は気を利かせなきゃ駄目なの」
レスティーは「さあ、行った、行った」といつになく大きな声を張り上げた。
「分かったよ」
レスティーの声に押される形で、俺は試着室へと行く。するとそこにはビキニ姿のレファナートがいて、赤面していた。
「ど、どう。似合っているかしら」
レファナートは唇を振るわせながら言った。
「まあ、綺麗なんじゃないのか、そのビキニ」
いや、そこはビキニじゃなくて、女の子自身を褒めなきゃ駄目だろうが、と俺は自分に突っ込みを入れる。
「何で視線を泳がせながら言うのよ。ちゃんと真っ直ぐ前を向いて私の水着姿を目に焼き付けなさいよ。こっちは勇気を出して、こんな水着を着てやったんだから」
レファナートは俺の襟首を掴みながら言った。その際、形の良い胸の谷間が見える。これには俺も息遣いが荒くなる。
「分かったよ。とにかく、お世辞抜きに可愛いよ。何百年生きているのかは知らないけど、お前も女の子だったんだな」
この若さがこれからも続くというなら羨ましい限りだ。
「あ、当たり前でしょ。はっきり言って、私は生まれてこの方、男にここまで恥ずかしい姿を見せたことはないわよ。だから、感謝しなさいよね」
というと、結婚どころか男と付き合ったこともないってことなのか。だから、こんなにも初々しい反応ができるんだな。
「ああ」
俺は何だかこそばゆいものを感じながら笑った。
その後、二人は自分の気に入った水着を買うと、離れた場所で携帯を弄っていた俺の前までやって来た。
ちなみにレファナートは自分のお金で百ポンド近くもする水着を買ったらしい。
それが俺に見せてくれたビキニなのか、それとも自分で良いと思ったワンピースタイプの水着なのかは気になるところだが。
しかも、レファナートはレスティーに選んで貰った洋服も買ったし、こいつは一体、幾ら金を持っているんだろうな。
そんなこんなで、俺は満面の笑みを浮かべているレスティーと、面窶れしているレファナートの二人を伴いながらデパートの地下に来ると、フードスペースへと向かう。
そこには屋台を押し込んだような店があって、簡単な料理を食べている人がいっぱいいた。
「さてと、塩とビネガーたっぷりのフィッシュ&チップスを食べさせて貰うぞ。もちろん、サイズは一番、大きいやつで」
俺はトッピングのチーズをつけるか、つけないか迷いながら言った。
「分かったよ。レファナートさんも何か食べる。もちろん私の奢りだよ」
今日のレスティーは気前が良い。
「なら、私もフィッシュ&チップスとか言うので良いわ。それがイギリスの伝統的な食べ物なんでしょ」
レファナートは無感情な声で言った。
「うん。ここのフィッシュ&チップスは値段は安いんだけど、とっても美味しいんだよ。私も小さい頃からよく食べてきたし」
俺もデパ地下のフィッシュ&チップスは好きだ。
スーパーの前とかでやっている屋台は平気で冷めたやつを寄こすからな。でも、ここは必ず作りたてを提供してくれる。
「ふーん。私ってこの世界・・・じゃなかった、この国の料理は何だか口に合わないんだけど。何かやたら脂っこい料理ばかりだし、味に深みがないわ」
そりゃ、アグナスティア王国の王都であんな旨い料理を出すレストランで食事をしていればそうだろう。
とはいえ、最近のイギリスの料理は旨くなってきたって言うし、あんまり舐めない方が良いぞ。
「でも、ここのフィッシュ&チップスは絶対に美味しいから挑戦してみようよ。きっと病み付きになると思うよ」
「分かった。その言葉を信じて食べてみるわよ」
レファナートはふてぶてしい感じで頷いた。
「よし、なら私はバナナクレープにするねー。もちろん、アイスは大盛りにして貰わないと、あとバナナも」
そう言って、レスティーはカウンターへと注文しに行った。それから、五分ほど経って、レスティーが二人分のフィッシュ&チップスを運んでくると俺はそれを食べる。
レファナートもフィッシュ&チップスを頬張ると、目を見開いて美味しいと呟いた。これにはレスティーもいつものように優しい顔で笑う。
俺もレファナートとレスティーの距離がかなり縮まったのを見て、今日みたいな日がまたあると良いなと思った。
そして、クレープを食べ終えたレスティーは、手に付いたクレープのクリームを洗いたいと言ってトイレに行ってしまった。
その間にレファナートは上目遣いで俺の方を見る。これには俺も胸が高鳴った。
「今日は私を連れてきてくれてありがとう。何だか、久しぶりに楽しかった」
レファナートの笑顔を見て、俺は思わずドキッとしてしまった。こんなにもレファナートが可愛らしく見えたことはない。
レファナートは超然としていることが多かったし、こういう普通の女の子らしさを見せてくれたことには俺も何だか暖かい気持ちになる。
「お前にしてはしおらしい言葉だな。もっとも、俺たちに付いてくるって言ったお前の真意は未だに分からないけどな」
俺はレファナートの照れ臭さそうな顔を見て、茶にするように言った。これにはレファナートもすぐに憮然とする。
「あんたって、本当に鈍いわね。でも、楽しかったのは事実だから、良いにして置いてあげる。まっ、こんな楽しい日が続くなら、この世界で暮らすのも悪くないかもしれないわね」
レファナートの言葉に俺はなぜか切なさのようなものを感じだ。
もしかしらたらレファナートがアグナスティア王国にいた時間は幸せなものではなかったのかもしれない。
「なら、全てのカタが付いたら、そうすれば良い。お前ならきっとこのイギリスでも上手くやっていけると思うし、俺の家なら、いつでも住まわせてやるぞ」
もし、親が帰ってきたら、ホームステイをしにきた子とか言って、誤魔化せば良いからな。
「考えておくわ」
レファナートはプイッと俺から視線を逸らすと、そう言った。こういうところが可愛くないんだよな。
でも、それでこそレファナートだ。
☆
夜になると俺はベッドに横になる。デパートに行ったせいで、どっと疲れてしまった。ちょっと早いけど、今日はもう寝てしまおう。
と思ったが、俺はふと思い出したようにアグナスに話しかける。
(なあ、アグナス?)
俺は天井のシミを見詰めながら言った。
(改まったような声を出して、どうした、テッド?)
アグナスは普段と変わらぬ声で言葉を返してくる。
(もし、アグナスティア王国を平和にしたら、レファナートはどうなるんだ?また、宮廷魔法使いとして王宮に仕えるのか)
認めたくはないが俺は彼女と離れたくないと思い始めていた。だが、その思いは彼女を好きだという感情にまでは結びついていない。
(それは彼女が決めることだ。例え誰であれ、彼女のやることを止められる者などいないだろうからな)
アグナスは淡々と言った。つまり、それだけレファナートは力を持った存在なのだろう。
(そっか。ま、あいつは凄い奴みたいだし、俺が気を揉まなくたって、どんな生き方だってできるよな)
(それは思い込みだ。私の知る限りでは彼女はそこまで器用な人間ではないよ)
アグナスは笑いを含んだ声で言うと、言葉を続ける。
(とにかく、彼女も私と同じようにもはやアグナスティア王国にとっては不必要な存在なのかもしれない)
アグナスの憂いの色を秘めた声に、俺は以前と同じようにやりきれないような思いを募らせる。
(そんなことはないだろ。今もあいつはザナルカダスの野望を食い止めるために奮闘しているんだし、立派なもんだよ)
俺は憤りすら感じさせる声で言った。
(だが、彼女は普通の人間ではない。その力をいつまでも宛てにし続けることは、アグナスティア王国のためにはならないだろう。やはりどんなに、か弱くても普通の人間の未来は普通の人間が切り開かなければ)
アグナスが言いたいのは人あらざる者からの自立なのかもしれない。
(なら、お前やあいつは何でアグナスティア王国のために戦うんだ?自分が不必要な存在だというなら、命をかけてまで国を救うことなんてないだろうに)
俺だったら、邪神の力を借りてまで豊かになろうとする国なんて、とっくに見限っている。
(お前のような人間には分からんよ)
アグナスの声は珍しく冷ややかだった。
(どうして?)
(それはこのイギリスという国に住む人々が忘れてしまった人間としての誇りというものだからな)
アグナスの言葉に俺は少なからず衝撃を受けた。
(誇りか。確かに俺の国の人間はあんまり誇りとかいう言葉は口にしないよな。その分、陰湿な差別はするけど)
俺はその言葉を噛みしめるように呟く。
今のイギリスには誇りというものが確かに欠けている。でも、誇りなんて争いの引き金になるだけじゃないか。
それは過去の歴史が証明しているし。
(そうだ。誇りなどというもので命を投げ出すなど、お前たちには理解しがたいはずだ。しかし、それこそが私や彼女を突き動かす原動力でもある)
(なるほど)
これには俺も返す言葉がなかった。
(まあ、だからこそアグナスティア王国も変わらなければならないのだろうが、その変わってしまった国におそらく私や彼女の居場所はないに違いない)
そう悲愴感を漂わせるように言うと、アグナスは(だが、それで良いのだ)と穏やかな言葉を口にして、それっきり黙り込んだ。




