第三章4
第三章 迷宮への挑戦4
無事に迷宮から戻ってきた俺は大通りの一角にあるレストランの中にいた。瀟洒な造りをしている店内には、俺も落ち着かないような気分になる。
何せ、一目で一般庶民はお断りの高級レストランって感じが分かるからな。テーブルに着いている客も、身なりの良い人間ばかりだし。
その上、店の奥の方にあるグランドピアノからは、ゆったりとした音楽が流れてくる。それが耳に心地良い。
あと、ガステュークはさっきから俺は串焼きが食いたかったんだけどなと、ぼやいてばかりいた。
ま、串焼きも良いけど、一度くらいはこういう店で食事がしたいよな。
「ふーん。そんなことがあったわけね。まあ、マッド・ドレイクを倒した報酬を貰わなかったのは馬鹿としか言いようがないけど、その人の良さもあんたらしいわ。何にせよ、生きて帰って来れたことは褒めてあげる」
迷宮であったことを話すとレファナートの唇が弧を描く。その様子からは俺の身を案じていたようにはとても思えない。
つくづく食えない女だと思う。
「別に褒めて貰いたくなんてないし、正直、迷宮には二度と足を踏み入れたくないね。またマッド・ドレイクみたいなモンスターが出て来たら今度は勝てる保証はないし」
俺はテーブルの上にある子羊のステーキにナイフを入れた。
「なに言ってるのよ。その程度のモンスターも倒せなくて、ザナルカダスやヴォラクロスの相手をどうやってするつもり?」
レファナートはそう言って、ワインの香りを楽しむようにグラスに鼻を近づける。ちなみに俺は未成年なのでジュースだ。
「さあ」
俺も疲れたように肩を竦めるしかない。俺にはまだ邪神や魔王と戦えるような、度胸は備わっていないのだ。
「ザナルカダスはまだゲートを通れないみたいだけど、それも時間の問題だわ。異界から流れ込んでくる空気は日を追うごとに濃くなってきているし。おそらく、そう遠くない日にザナルカダスはゲートを通れるようになるでしょうね」
レファナートは薄く目を閉じながらワインを口に含む。
「だとすると悠長に構えている暇はないというわけか」
俺は大息を吐いた。
「そういうこと。それに魔王ヴォラクロスはこの私を王宮から追い出したほどの奴よ」
レファナートはヴォラクロスという名前を憎たらしそうに口にすると、脅しをかけるような言葉で言い聞かせて来る。
「言ったら悪いけど、マッド・ドレイクなんかとは比較にならないほどの強敵なんだから、あんたも今回のことで変な自信を持つのは止めた方が良いわよ」
これには俺も末恐ろしさを感じる。
「そんな奴と戦うなんて無茶も良いところだろ。あのマッド・ドレイクがたいしたことないなんて言われると俺も自信を喪失しそうになるぞ」
レファナートは俺がどれほど恐ろしい思いをして、マッド・ドレイクを倒したのか知らないから、そういうことが言えるんだ。
「だからこそ、レヴァナーグの剣が必要になるんじゃないの。はっきり言って、アグナスの力とレヴァナーグの剣の力が合わされば鬼に金棒よ。その力がいかに凄いかは私だってちゃんと知っているんだから」
「そうか。俺は今一つレヴァナーグの剣の力に信頼が置けてないんだが、それがあれば本当にどんな敵でも倒せるのか?」
神様の力が宿った剣などという物を宛てにできないのも、俺が信仰心の薄い子供だからだろう。
だいたい、神様がいるなら、どうして悪い連中がでかい顔をしていられるんだよと言いたくなるし。
「たぶんね」
レファナートはワイングラスを揺らしながら言った。
「たぶんじゃ困るんだけどな。でも、やるしかないか。もし、ここで逃げ出したりしたら、いつまでも後ろめたい気持ちを引きずらなきゃならなくなるし」
俺は弱い心を奮い立たせるように言った。
「そうよ。ま、あんたも今回のことで、少しは戦いに対する心構えができたようね。それだけでも収穫はあったし、もう少し成長してくれれば、私も安心してあんたを頼れるようになるんだけど」
「そんなに簡単に人間は成長なんてできないさ。でも、俺だって少しはこの国を守りたいっていう気になったんだよ。迷宮でも、この国の人たちにはお世話になったし」
この心境の変化は言葉には表しづらいけど。とはいえ、俺の心の底にある本質とでも言うべきものは確かに変わった。
「そういう気持ちを持てるようになったのは良いことよ。なら、いっそのこと自分の世界になんて戻らずにここで暮らせば良いんじゃないの?そうすれば、この国を守りたいという気持ちも、もっと高まるかもしれないわ」
「そんなことができるわけがないだろ。何度も言うようだけど、俺には俺の生活があるし、それを捨てることはできない」
俺は静かなレストランで声を荒げてしまったことに気付き、すぐに平静になるように努める。
レファナートとの育ちの違いがこういう時に出てしまうんだよな、気を付けよう。
「冗談よ。そんなにムキにならないでよね。私だってあんたの世界に行って、少しはあんたを取り巻く環境にも理解を示せるようになったし。だから、全てが片付いた暁には、心置きなくあんたが元の生活に戻れるようにするつもりよ」
レファナートは満悦したように言った。
「それは良かったよ。でも、お前の言うことは、どこまでが本気なのか分からないから、冗談を言うのは控えてくれよな。心臓に悪いから」
何と言われようと、俺の住むべき世界はここじゃない。それははっきりと断言することができる。
「私と長く付き合うようになれば、それくらい分かるようになるわ」
レファナートは少しだけしんみりとした顔をすると言葉を続ける。
「いずれにせよ、あんたには私のパートナーになってもらわなきゃ困るし、そのためにはお互いを理解し合えるような関係を築くことが必要よ」
レファナートは蠱惑的に笑うと「あんたも努力しなさいよね」と言った。
「そんなの遠慮したいね」
それに対し、俺は拗ねたように応じる。
「まったく、可愛げのない男よね、あんたって。だけど、そういうところは嫌いじゃないわ。私に正面切って、文句を垂れる男なんて今までいなかったもの。あのアグナスでさえね」
レファナートはワインを飲み干すと、優雅な所作でスープを口に運ぶ。
こういう振る舞い方を見ているとレファナートが元々は高貴な身分にいたことを思い知らされるんだよな。
「そうなのか。ま、俺もお前みたいな奴に可愛がられたくないからな。そんなことよりも次は何をやらせる気なんだ?」
俺は改まったような顔で尋ねる。正直、夕食を食べ終わったら、すぐにでも自分の世界に戻りたい。
「まだ考えてないわ。でも、しばらくは何もする必要はないわよ。私もレヴァナーグの剣を盗み出す計画を立てなきゃならないし、あんただって休息は必要でしょ」
「なら、安心できるけど。まあ、せいぜい俺を危険に晒さないような計画を立ててくれよな。今日みたいに何の心の準備もなしに、いきなり強敵と戦うような羽目にはなりたくないし」
そういうことなら、ゆっくりと心を休めよう。でも、その間に俺も少しは成長しないと、本当に命を失いかねない。
「そうね。とにかく、私の立てる計画に抜かりはないから安心してよ。それと、せっかく剣を買ったんだし、剣術の練習はできるだけ毎日しなさいよね。そうすれば常に心を引き締めることができるわ」
「そうかな」
俺は腰に下げられた剣に視線を落とす。
「ええ。あんたが身につけなきゃならないのは技術的なものじゃなくて、むしろ精神的なものよ。だから、戦いに向けた緊張感は忘れて欲しくないの。むしろ、いつでも戦いに赴けるような心の状態を保っていてちょうだい」
レファナートの言葉はもっともだった。今の俺がしてはいけないのは安穏とした日常に逃げ込んでしまうことだろう。
「その辺は心得ておくよ」
俺は苦い気持ちに満たされながら言葉を吐き出す。
「そうしなさい」
レファナートは彼女にしては珍しく穏やかな笑みを浮かべながら言った。
ついでに子羊のステーキは舌がとろけそうなくらい美味しかったし、さすがレファナートが自信を持ってお勧めできる店だと太鼓判を押しただけのことはあるな。
第四章に続く




