第69話 ああ! 海岸に! 海岸に!
その日、世界中の大陸の海岸に大量の怪物達が上陸した。
見たことも無い存在の包囲にパニックに陥る人々達。
そして、そんな状況を各地に報道しようとやってきた魔法通信社のスタッフがカメラを構える前で怪物達は言った。
『我等は海鱗族ギョポ。魔物を荒ぶらせ海の平和を乱した者達を引き渡せ。そいつ等の名は……』
海鱗族と名乗った怪物、いや種族達は海を乱した犯人とされる者達の引き渡しを要求してきた。
これには各大陸の国家群を統治する王達も動揺した。
何しろ彼等が告げた名の中には自国の家臣や豪商といった有力者の名があったからだ。
だがこの驚きも次の言葉で吹っ飛ぶ。
「断った場合、世界中の全ての海を行く船を破壊するギョポ」
「はぁっ!?」
各国の王が異口同音で目を丸くしたのは言うまでもない。
「もう一度言うギョポ。海を乱した者を引き渡すギョポ。さもなければ世界中の海を行く船を破壊するギョポ」
「そんな事出来る訳が無い!」
「そんな事出来る訳が無いと思っておるじゃろ」
一方通行の通信越しの為返答など無いと思っていただけに、返事が来た事に驚く王達。
画面の向こう、魚鱗族達の奥から現れたのは……俺ことマルシェラ姫だった。
俺が現れると魚鱗族達が一斉にひれ伏す。
「わらわの名はマルシェラ=リム=オーヴァロド。オーヴァロド魔王国の王女である!」
俺の登場にカメラを回している魔法通信社のスタッフ達からどよめきが起こる。
「何で魔王国の歌姫がこんな所に!?」
その二つ名やめてくんない?
「驚くのも無理はない。わらわがこの場に現れたのは海の民である魚鱗族の求められたからなのじゃ!」
はいウソです。全部作戦の内です。
「マルシェラ王女! なぜ魔王国の王女である貴方が!? まさか魔王国は魚鱗族と同盟を結んで各国と戦争をするつもりなのですか!?」
「姫様になんという無礼なギョポ! 姫様は我等が神の姫だギョポ!!」
「は? 姫?」
スタッフの態度に怒った魚鱗族が立ち上がり殺気立つ……フリをする。
「鎮まれ」
「っ! 申し訳ございませんギョポ!」
俺の一喝で慌てて従う姿にスタッフがどよめく。
はい、これも仕込みです。
魚鱗族が俺の命令に従う=交渉の窓口になるというアピールですね。
「魚鱗族とは縁があって知り合ったのじゃ。そこで彼等が魔物の異常行動が原因で困っている事を知ったのじゃ。じゃが調べてみるればそれが人為的なものだと分かったのじゃ」
そっと俺の横にやって来たレフリス達が遺物をカメラに映るように掲げる。
「これらの道具は妖精大陸で遺物と呼ばれる品で、強力な効果を発揮するマジックアイテムの一種です。効果は、水属性の魔物を狂暴化させるというもの。それが世界中の海にバラ撒かれていたんです」
「知っている者もいようが、以前わらわが乗った船もこの遺物が原因で怒り狂った魔物に襲われたのじゃ」
俺達の言葉にスタッフが驚きの声をあげる。
「魚鱗族が引き渡しを求める者達は、海に暮らす者達だけではなく地上に暮らすわらわ達の生活も脅かしておる。故にわらわは彼等の救いを求める声に応じて交渉役を引き受けたのじゃ!」
放送を見ていた王は事情を聞く為、即座に引き渡しを要求された者達を王城に連れてくるよう命じる。
何でそんな事が分かるのかって? それは各国で活動するプレイヤー達からの情報をリアルタイムで聞いているからだ。
俺が装備してる魔通輪の最新型にはマナーモードで自分にだけ聞こえるイヤホンモードが内蔵されている。
この機能を利用してギルドメンバーである家臣達の伝手で各地のプレイヤーから得た情報を家臣から聞いているんだが、まぁ使いづらい。
何せ今の俺はカメラの前で喋ってるから、見栄えの問題で魔通輪を操作する訳にもいかないんだよな。
なので通信を繋いでいる全員とオープンにして報告を受けている。
そう、何十人もの報告が一斉に来る聖徳太子状態です。
しかも伝言ゲームになってるから詳細な情報なんてわかりゃしねぇよ!
それでも最低限今こんな状況だよって言葉を拾って各国の反応を予測していく。
「知らぬが故にこの警告を侮る者も多いじゃろうからが、魚鱗族は世界中の海に存在しておる。地上の大陸に人族、獣人族、妖精族、鱗族、そしてわらわ達魔族が居るように、海の中にも多くの種族がおるのじゃ!」
らしいよ。魚鱗族から聞いた話だけど。人魚とかクリオネ族とかもいるとか。
「そんな世界中の海の種族が船を襲うと言っておるのじゃ! それがどれだけ恐ろしい事か理解できよう!」
ぶっちゃけ海運が崩壊するのでシャレにならんことになるよ!
さて、それじゃ名指しされた連中が呼び出されている間に、なんでこんな事をしてるかあらためて説明しておこうか。
ズバリ囮です!
今回の遺物バラ撒き事件は世界中で起きているだけあって、遺物をばらまいていた連中も世界中に居たんだよね。
こうなると俺達と魚鱗族だけじゃ詳しい調査は無理なので、レイドイベントの体で各大陸のプレイヤー達に協力を仰ぐ事にした。
なお、この要請を聞いたプレイヤー達の第一声は「大規模レイドイベントキタァァァァァ!」だったのは言うまでもない。
ごめんよ、偽物なんだ。
まずプレイヤー達と魚鱗族が連携して船を追い、船から降りた連中を追跡した事で関係者の大半の身元を確認する事が出来た。
で、後は証拠をゲットをする必要があるんだけど、流石に貴族やらの屋敷に侵入するのは危険が大きい。
なので大騒ぎを起こして戦力を魚鱗族からの防衛に出させ、指示を出す頭を王城に呼び寄せる事で各地の守りを手薄にしようという作戦だった。
これに関してレフリスが
「でも名指しで呼んだら証拠の品をこっそり隠し通路とかで運び出したりしないかな?」
と懸念したんだが、それに対してモヒカンは
「いや、下手に持ち出すよりも隠し部屋や隠し金庫に隠しておいた方が安全だ。そういった仕掛けは平時に万全の準備をして用意したもんだからな。あと現実的に地方領主の財力と技術力で作れる隠し通路は安全性が怪しい。定期的に整備なんてしないだろうから崩落を恐れて距離も短いだろう。この辺は無駄に自然環境がリアルなILLの性格の悪さを信じようぜ」
「嫌な信頼だなぁ」
「んで町の近くの怪しい建物なんてプレイヤーからすれば絶好のイベント発生場所候補だ。情報屋プレイヤーが既に掴んでいる筈。あとはイベントに参加するプレイヤー達が勝手に怪しい奴らを尾行してくれるさ」
との事だった。
『こちらチーム「今日の晩御飯」ホシが屋敷を出た直後に裏口から馬車が出た! 追跡する!』
『こちらチーム「夜明けの饅頭」ホシの屋敷に潜入。めっちゃモンスターが居てどう見ても黒です!』
『こちらチーム「傷心のバー」不審な連中が領主の屋敷近くの家から荷物を抱えて出てきたので酔っぱらいの振りをして因縁をつけてみる!』
という訳で既にイベントに参加しているプレイヤー達は行動を開始してクロの連中だけじゃなく怪しい連中もマークしてくれている。
それはそれとして何で全員食いもん関係のチーム名なの?
てなわけで黒幕連中はバッチリ陽動に引っかかって浮足立っていた。
さて、皆も頑張っているから、俺も陽動を頑張らないとな。
「事情は理解したであろう。じゃがわらわがここに来たのはただそれを説明するためだけではない! これから起こる未曽有の災害を阻止するためじゃ!!」
「未曽有の災害!?」
スタッフがまだ何か起こるのかと戸惑いを見せる。
「そうじゃ! 海を見よ!」
俺が海を指差すと、大海原にまるで細めた猫の瞳孔の様な細い影が生まれる。
ただしその影は猫の目玉どころか、港町に見える船よりはるかに巨大な影だ。
影が盛り上がり、海面に浮上する。
青と銀の輝きが太陽の光に照らされ、まるで巨大な刃が出現したようにも見える。
「アレこそはディープシーツナ! かつて魔王国の港町を襲い、初代建国魔王と死闘を繰り広げた伝説の魔物じゃ!!」
『キィォォォォォォォォォォォォッ!!』
浮上したディープシーツナが金属をこすり合わせたかのような雄たけびを上げる。
「「「「ひぃぃぃぃぃっ!!」」」」
その凄まじい雄たけびを聞いたスタッフ達は皆腰を抜かしてへたり込む。
するとすかさずモヒカン達がスタッフの落したカメラを拾って俺とディープシーツナが映るように撮影を続ける。
「見よあの威容を! かの魔物は怒り狂っておる! 海を汚す者に、己が眷属を傷つけし者に!」
「あ……あれが伝説の魔物……」
「天にドラゴンあり、海にディープシーツナありと言われた海の支配者……!!」
え? そんな風に言われてたの?
初耳なんですけど。っていうかこの世界の海の主ってマグロなんだ……
おっといかん、演技に戻らないと。
「わらわは怒り狂う海の主を食い止めにきた!! じゃがそれも長くは持たぬ! 急ぎ罪人達を見つけ出し、裁きの場に連れて来るのじゃ!」
『キィォォォォォォォォォォォォッ!!』
(こんな感じでよいのか? わが姫よ)
(あ、はいなのじゃ。そんな感じで怒ってる感出してほしいのじゃ)
頭の中にディープシーツナの声が響く。
うん、これも仕込みなんだ。
ウチの作戦担当達が各国の権力者にただ事情を伝えても本気になってくれないか政治やら利権でグダグダになるだろうから、いっそディープシーツナに協力を要請して思いっきりビビらせようって。
流石に神様キャラがそんな簡単に力を貸してくれんだろと思いつつ、一応俺もNPC認定されているのでプレイヤーからの提案を受け入れる体で試してみたら……
『ほほう、面白い事を考える。我を狂言に利用しようというか』
てな感じでノリノリで引き受けてくれた。
うーん、この神様フットワーク軽すぎ。
「し、しかしどうやってあんな巨大な化け物を食い止めるつもりなんですか!? 剣どころか魔法だって通じそうにありませんよ!?」
うん、そうだね。そうなんだよね。
普通に戦ったらとてもじゃないけど勝負にならないよね。
だからね、皆考えたんだ。
まるで事前に相談していたかのように全員が口を揃えて同じ作戦を思いついたんだ。
「なに、戦う必要などない」
俺は翼を羽ばたかせて大きく跳躍すると、海へ向かって滑空する。
そんな俺を見逃すまいとカメラを抱えたモヒカン達が従魔に乗って追いかけてくる。
更に慌ててそれを追いかける魔法通信社のスタッフ達。
海岸が見えて来たところで俺は翼を畳んで海に落下する。
同時に、『女王マグロのエラ冠』を頭にかぶると目の前に現れたポップアップに『はい』を選ぶ。
くくく、これから地獄が始まるぜ……
「マリカルチェンジ!!」
勝手に口が動く。
腕を水平になるよう上げると身に付けている装備が勝手に外れる。
しかし裸や下着姿にはならない。なんかキラキラしたワンピース姿になっている。
そして下半身が魚、いや鮪になり、側頭部にヒレが髪飾りの様に生える。
ストレートの髪の毛がゆるふわウェーブへと変化し終えると体が勝手にポーズを取る。
「マホウミのプリンセス、ツナマルシェーラッ!!」
…………シテ……コロシテ。
心の中で介錯を求めながら、俺は最大限目立つように変身を完了した。
これから行われる巨大な海の主を食い止めるシーンを演出する為に。
「古来より大いなる存在の怒りを鎮める方法は二つ。一つは生贄、もう一つは……」
半身が魚となった体で大きく海上に跳ね飛ぶとともに叫ぶ。
「歌じゃっっっっ!!」
ここに、全世界生放送魔法少女系人魚ドラゴン魔王女の地獄のコンサートが始まるのだった。
「『なんだこの地獄っっ!!』」
もはや定番となった俺の代名詞曲が海に響き渡る。
お願い皆! 一刻も早く犯人達を捕まえて!!




