第48話 筋肉ムキムキ計画
「ふぅ、良い仕上がりだ」
仕事帰りにジムに寄った俺は心地よい疲労感に包まれながらシャワー室で汗を流す。
「お疲れ様です東堂さん」
「あ、お疲れ様ですトレーナー。今日は早上がりなんですk?」
シャワールームから出ると入れ違いでジムのトレーナーがやってくる。
こんな時間にスタッフが来るなんて珍しいな。
「ええ、今日は娘の誕生日で」
「ああそうだったんですね。おめでとうございます」
「今から予約しておいたプレゼントの受け取りに行くところです」
「最近の子だとロボットやぬいぐるみよりもゲームですか?」
小さいジムなので休憩中に世間話をする事もあって、こうした話題を気軽に振れる仲だ。
「ええ、最近はILLってゲームを頼まれましたよ。なんでものじゃ姫っていう女の子が人気らしくて、その子に会いたいって」
「ぶふっ!!」
「どうしました!?」
「ああいや、シャワーの湯が跳ねて鼻に入っただけです」
「あー、鼻に入ると地味に痛いですよね」
「ははは、それじゃあ俺はお先に」
うおおー、確かトレーナーのお子さんってまだ10歳にもなってなかったよな?
そんな小さい子までマルシェラが知られてるのか!?
リアル少女にキラキラとした目で見られる事になるのか俺!?
中身が会社帰りにジムに寄って着実に筋肉が付いて来た事に喜んでいる中身成人男性を!?
◆
「という訳で筋肉をつけるのじゃ」
「何がという訳か分からんが強くなりたいのは良い事じゃね?」
「はんたいはんたーい! マルスくんちゃんには可愛い格好をしてもらう為にもっとプニプニしててほしいでーす!」
「私も護衛対象が自分より強いのは……それはそれでアリだが」
「だまらっしゃい! ……なのじゃ!」
あとヒメキはなんか倒錯している気配がするのでハウス。
「筋力と体力を重点に強化し、物理攻撃系スキルを充実させるのじゃ! そしてゆくゆくはムキムキな武闘派の進化をするのじゃ!」
「「「それは無理だと思う」」」
「なんじゃと!?」
まさかの全否定!?
「攻撃力の向上を目指すのは賛成です。姫のロイヤルスラッシュは強力ですから。ですが……」
「ムキムキ進化は無理だよね。だってマルスくんちゃんは歌姫系の進化ツリーに入ってるし」
「そんな事は無いのじゃ! 現に最初の進化は普通だったのじゃ! たまたま二度目の進化の前に歌を歌っていたせいで変な実績が解除されてしまったのじゃ! だから今から鍛えれば軌道修正できるのじゃ!!」
「いやー無理だろ。カッシーの餌を集める為に一日中歌ってるんだ。ガンガン実績が溜まって次の進化も歌系だって」
「圧倒的迂闊!!」
なんということか、カッシーが甘えてくるのと経験値が美味しい事にかまけて歌い続けてしまっていた!
これには作曲家の先生と振付け師の先生もニッコリだよ!
「今日からご飯集めのために歌うの止める?」
「それはそれで餌代が大変なことになるのじゃ」
実のところカッシーはかなりの大食いだ。
モンスター1体が平均50㎏として、1食で30匹ぐらい平気で食べる。
3食で90匹、4500㎏!!
質量保存の法則とかどうなってんだよ!
「あと買取価格が安いモンスターは不味いのか嫌がるのじゃ」
ちなみに毒を持った魔物でも平気で食べる。
「あー、レイドボスだもんな。普通のモンスターよりも維持費がかかるって事か」
そうか! あれだけ強いんだから維持費という概念があっても当然か!!
「くぅ、そういう訳じゃから歌で魔物を引き寄せるのを止められんのじゃ!」
「作物はどうなのですか? 大量生産できるようになれば予算面でも問題なさそうですが」
「野菜も食べるのじゃが、こちらも肉と同じで低価格のものは嫌がるのじゃ。ある程度以上の品質の作物でなければ意味がない。じゃが市場に流れる安定した価格の作物の質はいまいちじゃからな」
「話は聞いたぞドラゴンの使者様!!」
「おわぁ!? ゴムレバか!?」
当然話題に入って来たのは鱗族の大陸から駐在大使としてやってきたゴムレバ達だった。
「ドラゴン様への食事の奉納、我々に任せてくれないか!」
「お主達にか?」
「ああ、ドラゴン様に食事を奉納出来るなど我々鱗族にとって最高の誉れ!! しかもドラゴン様が納得するだけのモンスターとの戦いもあるとなれば、修行にもなる!!」
修行、確かに経験値が貰えるんだからそう言えるか。
「じゃがお主等は我が国にとっての賓客。そのような立場の者に仕事をさせたとあってはわらわの立場に関わるのじゃ」
提携先の会社からやっていた社員さんに雑用させるようなもんだなから。
下手したら提携がおじゃんになりかねない。
「それは問題ない。我々が勝手に鍛錬の為にモンスターと戦うだけだ。我々が食わぬ分は要らぬ為、それをドラゴンの使者様に宿代として提供するに過ぎん。我々が住みやすい大使館も作って貰ったしな!」
あ、ちゃんとこっちの立場も考えてくれてるんだね。
問題はそれでも文句を言う奴等にどう対処するかだな。
「領主様、この件は鱗族の信仰の関係という事で受け入れるべきだと思います。あとは受け取った食材の代金を双方協議のうえで価格設定すればよろしいかと」
そこにセバスティアンがフォローに入ってくれた。
成程、それで鱗族からドラゴン様へ奉納する食事の代金を要求するなど恐れ多いと言ってて貰えば格安で買い取れる訳だ。
「待ってくれ! ドラゴン様へ奉納する食事に金を求める事など出来ん!」
まさに思った通りのセリフを言ってくれるゴムレバ。
「セバスティアン、価格に関しての相談は任せる」
「ははっ」
「鱗族からの提案ありがたく受けさせてもらおう。代金に関してはこの国の面倒な部分だと思って受け取ってほしいのじゃ」
「ううむ、ドラゴンの使者様がそうおっしゃるなら」
不承不承ゴムレバが承諾しれくれた事で、俺達はカッシーを連れてサバンナへ向かう。
◆
「カッシーよ、これからはわらわではなくこの者達がカッシーの食事を用意してくれるのじゃ」
「クォー?」
「必ずやドラゴン様に喜んでいただける食事を用意いたします!!」
やる気満々な言葉と共にゴムレバ達がとびだしてゆく。
「待ってくださいよ旦那!」
「俺達護衛を置いて行かないでくださいよ!」
ゴムレバの護衛としてついて来たプレイヤーのサケガノメルゾとニンニクマシマシが慌てて追いかけてゆく。
ちなみにもう一人の鱗族のNPCであるジゼルは大使としての仕事があってきていない。
「大きさ良し! 手ごわさよし! うむ、アレを狙うぞ!」
ゴムレバが選んだのはそこそこ大きめのモンスターで、このサバンナでは中ボスと呼ばれる巨大なダチョウのモンスター『ザチョウ』だった。
ザチョウはダチョウをもとにデザインされたモンスターらしくダチョウによく似ている。
ダチョウよろしく空は飛べないが、スポーツカーよろしくバカみたいに速く、岩や木を一撃で砕く激ヤバキックを放つ雑に強いモンスターだ。
「ゆくぞ!!」
ゴムレバの獲物はポールアックスで長い棒の先に斧が付いている。
棒の先端は尖っており突けば槍として、斧の反対側は鉄塊が取り付けられていて振ればハンマーになる仕様になっている。
「ぬぅん!」
ポールアックスを振り下ろすゴムレバ。
「グワァッ!!」
が、ザチョウがそれを足の爪で受け止める。
「やるな!」
反撃とばかりに今度はザチョウが宙に飛びあがって回し蹴りを披露する。
到底鳥の戦い方じゃねぇのよ。
「うぉぉ!?」
間一髪で回避するザチョウ。
「ふ、ふふ……なんという猛者か。流石は魔大陸。化け物がウヨウヨしている!!」
「まぁ簡単な攻略法があるんじゃがな」
一見すると滅茶苦茶強そうなザチョウだが、コイツには一つだけ致命的な弱点があった。
「ほれ」
「グァッ?」
俺が投げた石に気を取られたザチョウがこちらを向くと、その瞬間ゴムレバが飛び掛かり、その首をあっさり断ち切った。
「なんだ!? 随分と手ごたえが!?」
あまりにあっさり倒せてしまったものだからゴムレバの方が戸惑ってしまう。
それも当然のこと。
このザチョウだが、実はあまりにも頭が悪く簡単にフェイントやおとりにひっかかってしまうのだ。
なんならデバフスキルも効きまくる。
作戦さえしっかり立てていればレベルが低いプレイヤーでもギリ勝てるほどだ。
圧倒的タフネスと圧倒的頭の悪さを兼ね備える化け物それがザチョウだった。
多分知能1それ以外の能力値100とかそんな感じ。
その事を説明すると、ゴムレバは目を丸くして驚いた。
「なんとまぁ、そのような奇妙な生き物がいるのか」
一応ザチョウの名誉のために擁護すると、初めてザチョウと戦闘したプレイヤー達はかなり苦戦と証言しておこう。
攻略法、というか頭の悪さが露見するまでは本当にヤバい敵と考えられていたのよ。
「成る程、だが俺はあえて真正面か挑ませてもらう!!」
「ええ!? 何でじゃ!?」
「強き敵には正面から挑んでこそ修行になるというもの! それが戦士の戦い、なにより鍛えぬいた肉体は己を裏切らぬものだ!!」
「なんと!?」
ゴムレバの言葉に俺は衝撃を受ける。
そうだ、俺は筋肉を鍛える為に戦うと誓ったばかりじゃないか!
鍛えぬいた筋肉は己を裏切らない、それはリアルのマッスル達にとっても真実!!
おお、俺は間違っていた!!
「お主の言う通りじゃゴムレバよ! わらわも歌を封印して正面からザチョウと戦うのじゃ!!」
そう決めるが早いか、俺はステータスを開いて経験値を筋力に全振りする。
「経験値を筋力に全振りするのじゃ!!」
「ええ!? 本気!?」
「うむ! これがわらわの覚悟じゃ!!」
そうだ、次の進化の為にも全てをパワーに割り振らないと!
後々のことを考えて経験値を残しておくなんてやめだ!
『大量の経験値が一つのステータスに一括で投入されました。一括で投入された数値が規定値を超えた事でスキル『筋肉バカ』が習得可能になりました』
「おお!?」
筋肉バカ:消費魔力無し:常時筋力が20%上昇する。30秒間筋力を3倍にするマッスルパワーを発動。クールタイム30秒。絶え間なき鍛錬は自らの肉体を鋼へと変える。その力は原始の価値。なお衝動的な経験値の消費は計画的に。
必要経験値:10000
筋力限定のパッシブスキルか!
それに一時的に筋力を3倍にする効果もあるのは強いな!
なんかフレーバーテキストの最後に説教がついてるけど気にしない!
「じゃが取得するぞ! まだ経験値が足りんが!!」
経験値を得る為、俺達はサバンナを駆ける。
そして現れた敵と真正面から敵と戦う。
スキルや戦略の無い真正面からの戦いはいつも以上にキツい。
だが一気に上げた筋力は俺の地力を上げ、通常攻撃の威力が凄まじいことになっている。
「おお! やりますなドラゴンの使者様!!」
「お主もな、ゴムレバ!!」
「そりゃあ手持ちの経験値を全部筋力に入れればそうなるよね」
「ぬおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
サバンナ中のモンスターを狩り尽くす勢いで戦ったことで漸く経験値が溜まった俺は、身事『筋肉バカ』を習得したのだった。
「この勢いで筋肉ムキムキの進化を目指すのじゃーっ!!」
「クォーン」
と、そこにカッシーがやってくる。
「おお、ゴムレバ達の用意した食事は美味いか?」
「クォーン」
だが何故かカッシーは歯切れの悪い反応を見せる。
「どうしたんじゃ? 美味くなかったのか?」
「クォーッ」
するとカッシーは不意に近くの草むらに首を突っ込むと、そこからモンスターを引っ張り出してくる。
「ギィーッ!!」
モンスターは慌てて逃げようと体を激しく動かすが、しっかり咥えられてるために逃げられそうにない。
そしてカッシーはモンスターを宙に放り投げると落ちて来たモンスターをボリボリ音を立てて食べてしまう。
何が言いたいんだろう?
「……あ、もしかして生餌がいいんじゃねぇか?」
「なんじゃと!? そうなのかカッシー!?」
「クォーン!!」
カッシーはその通りと頷く。
「なんという事じゃ!」
「あー、タツノオトシゴなどは活餌を好むというものな」
くっ、それでは倒したモンスター肉を与える事は出来んではないか!
「って事はやっぱお嬢が魅了して食べさせるしかねぇって事だな。レイドボスは飼育も大変って訳か。こりゃレイドボスをテイムしてもその後の飼育で躓くプレイヤーが多そうだな」
「そう考えるとマルスくんちゃんはカッシーにとって相性最高のご主人様だったんだね」
助かるけど嬉しくねぇーっ!!
こうして、俺の歌封印計画は速攻で破綻したのだった。
カッシー豆知識
活きた肉が好物。
ただし討伐済みの肉や野菜も食べないわけではない。単なる味の好みの問題。
でもおねだりすると活きの良い肉をくれるのでこっそり甘えている。
好みの食事を与えると懐き度があがる、好みの餌でなくても食べるが餌によっては懐き度が下がる事がある。
放し飼いの場合は自分で活餌を探して食べるので食事で懐き度は下がりにくくなるが、その場合は野良のモンスターと勘違いされて討伐されないように気を付ける必要がある。
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