第九十五話 ノアの「最後に言いたいこと」
夜明け前に、ノアに起こされた。
「結衣、少しいい?」
外に出ると、空が白みかけていた。廃都市の建物の輪郭が、薄い光の中で浮かび上がってきている。感情の光は夜の間も消えず、壁の中でゆっくりと揺れていた。
二人で石段に腰を下ろした。ノアはしばらく黙って、折り紙の紙を折ったり広げたりしていた。
「叔父さんのことを、聞いていいか」
「聞いて」
「叔父さんは、俺を最初からこういう場所に連れてくるために作ったのか」
「どちらでもあると思う。最初はあなたを私のために作った。でも、あなたが育っていく中で、あなた自身のためにも存在するようになった。今のあなたは、おじさんが設計した通りのあなたじゃない。自分で変わってきたあなただから」
ノアは手の中の折り紙をゆっくりと鶴の形に折り始めた。カナに教わった形ではなく、自分で考えた形だ。
「俺、叔父さんのことを恨んでた。でも今日ここへ来て、恨んでいいって思えた。恨みながら、ありがとうとも思えるようになった。その二つが同時にあっていいと、崖の上でルカを見てて、そう思った」
ノアが折り終えた折り紙を広げて私に見せた。鶴に見えなくもないが、かなり歪んでいる。
「……下手くそ」「自覚してる。でも、俺が折ったやつだから好き」
私は笑った。ちゃんと声を出して笑えた。ノアが少し目を細めて、私が笑うのを見ていた。
「今日、無事に終わったら、店でみんなで飯が食いたい。ウルが作った、甘いやつ。……それだけ」
「叶えましょう」
空が橙色になり始めていた。私が立ち上がって針を握ると、建物の中からウルが出てきた。続いてアルが、レオネルが、ルカが、ノアの後ろにいたのかもしれない、気づいたら全員が外に出ていた。
誰かが声をかけたわけでも、合図があったわけでもない。ただ、夜明けの空気が全員を外に呼んだ、という感じだった。
ウルが私の隣に来て、肩に触れた。
「行こう」
「うん」
アルが私の反対側に立った。レオネルが前に出た。ノアが後ろについた。ルカが一番端に、でも確かに、同じ方向を向いて立っていた。
橙色の光が、針の中で静かに灯った。みんなの願いを持って、今日を始める。それが今の私の仕事だった。
(第十九章 完)




