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第九十二話 ウルの「もし負けたら」



廃都市の中を進みながら、ウルが私の隣に来た。

大通りに沿って歩いていると、道の両側の建物から様々な感情の光が滲み出してくる。楽しかった誰かの記憶が近くにあると、理由もなく少し明るい気持ちになる。悲しかった誰かの記憶の近くでは、胸が重くなる。感情の海の中を歩いているようだった。

ウルは最初から黙っていた。いつもなら話しかけてくる彼が、ずっと口を閉じている。

「どうした?」

「……主様に、言っておきたいことがあって」

「言って」

「もし今日、僕が壊されたとしても、泣かないでほしい。……いや、泣いてもいい。でも、そこで止まらないでほしい」

足が一瞬止まりそうになった。止めなかった。

「主様の笑顔を見たくて、主様の声を聞きたくて、それで百年待ってた。だから、主様に笑っていてもらえたなら、それが全部で十分なんだ。……僕が消えても、主様が笑える世界が残るなら、それでいい」

「ウル」「最後まで聞いて」

「僕はもう、主様を閉じ込めたいとは思ってない。主様が前に進める世界であれば、僕がそこにいなくてもいい。……そう思えるようになったのは、この旅のおかげだから。ありがとう、主様」

廃都市の通りに、二人分の足音が続いた。

「ウル」「うん」

「笑顔を見たいなら、勝って戻ってきて。私が笑える世界には、あなたがいる必要がある」

ウルが止まった。蜂蜜色の瞳が揺れていた。

「……主様って、昔からそういうとこあるよね。こっちが覚悟決めようとしてるのに、もっと大事なことを一言で言う」

「余計なお世話?」

「全然。……うん、勝って戻る。絶対」

ウルが歩き始めた。さっきより少しだけ足取りが速かった。

しばらくして、アルが私の隣に来た。

「……ウルが、ああいうことを言えるようになりました」

「聞いてたの?」

「声が届きました。……以前のウルは、主様にそばにいてほしいと懇願していた。今は、自分が消えてもいいと言える。その変化が、私には……」

アルが少し止まった。

「嬉しい、ですか?」

「……はい。それと、少し寂しい」

「どちらも本当ね」

「そうですね」

アルが珍しく、静かに笑った。廃都市の光が、橙色に揺れていた。


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