第九十一話 本拠地の場所「感情の集積地」
感情の墓場に向かう前に、一日だけ停泊した。
ルカが「準備をしてから行け」と言ったからだ。感情の墓場では、自分の感情と周囲の感情の区別がつかなくなる。耐性はつけられない。だから、自分が今何を感じているか、何を大切にしているか、誰のためにここへ来たかを、はっきり持っておくことが大事だ、と言った。
一日をかけて、全員が自分と向き合った。それぞれのやり方で。
ウルは甲板に出て、一人で海を見ていた。ノアは折り紙を折り続けた。アルは手帳を開いて何かを書いていたが、私が覗こうとすると閉じた。レオネルは剣の手入れをしながら、静かに口の中で何かを呟いていた。
ルカは甲板の端に座って、ハサミを膝の上に置いて、ただそこにいた。
夕方になって、全員が船室に戻った。夕食は静かだった。誰もがそれぞれの準備をしていて、騒ぐ気分ではなかった。
でも食器を片付けていると、ウルがするりと私の隣に来て、肩に頭を乗せた。
「……怖い?」
「少し」
「僕も少し怖い。……でも、主様の隣にいれば大丈夫な気がする」
いつもの甘え方だ。でも今夜のそれは、いつもより少し力が入っている。私はウルの頭を軽く撫でた。するとアルが反対側に来て、静かに座った。
「アルも怖い?」
「……計算できない場所への不安は、あります」
「正直に言えるようになったね」
「この旅で、隠すより言った方がいいと分かりました」
ルカが遠くから「お前ら、仲良いな」と言った。ウルが「ルカさんも来ていいよ」と言い、ルカが「いらない」と言いながら、でも少しだけ椅子を引き寄せた。
レオネルがお茶を全員分持ってきた。誰かが言ったわけでもないのに、自然にそうなった。誰も言葉を出さないまま、全員でお茶を飲んだ。その静けさが、一番の準備だったかもしれない。
翌朝、出発した。感情の墓場は、ルカの案内で一日もかからずに辿り着けた。
上陸して内陸へ歩くと、二時間ほどで空気が変わった。廃都市が広がっていた。白い石造りの建物が立ち並び、建物の壁に感情の光が染み込んでいる。誰かが怒った瞬間の赤。誰かが泣いた夜の青。誰かが笑った瞬間の橙色。
ノアが「眠ってる感じ。みんな、眠らされてる」と言った。
「行きましょう」
私は針を握り直して、廃都市の奥へと踏み出した。




