第九十話 ルカが、初めて「縫ってもらう」
船に戻ると、ルカは甲板の一番端に座った。
全員の輪から少し外れた場所だ。仲間に入ったわけでも、完全に離れたわけでもない、絶妙な距離感だった。それがルカらしかった。
夕食の時間になって、ルカが輪の中に来た。座る場所を少し迷っていた。それが分かったので、私は自分の隣を軽く叩いた。ルカは何も言わずにそこに座った。
ウルが「ルカの分もあるよ」と言って、一番大きな魚を皿に乗せた。アルが「ウル、それは結衣様の分です」と言い、ウルが「えっ」と言い、また別の魚が皿に乗せられた。そのやり取りが普段通りすぎて、ルカが小さく笑った。気づいた全員が、少し緩んだ。
レオネルが無言で、ルカに向かってパンを一つ押しやった。ルカが「……なんで」と言い、レオネルが「食えるだけ食え」と言った。それだけだったが、ルカは黙って受け取った。
食事が終わって、ルカが立ち上がろうとした時だった。
「ルカ、腕を見せて。崖を登る時に岩で切ったでしょ」
ルカは少し黙ってから右腕を差し出した。岩に擦れた傷が二本。私は水で洗って薬草を当て、銀の針で布を縫い留めた。
ルカが身じろぎした。「くすぐったい」「我慢して」
最後の結び目を作って、糸を噛み切った。
「……温かい。縫ってもらった、ということが温かい。こんなの、初めてだ」
ウルがそっと顔を逸らした。アルが眼鏡のブリッジを押し上げた。レオネルが窓の外を見た。ノアが折り紙を折る手を止めた。誰もが黙っていた。でもその沈黙は、静かな肯定だった。
「あなたのハサミを直したいと思ったら、いつでも言って。待ってるから」
「……まだ、その時じゃない。でも、その時が来たら、頼む」
船が揺れた。夜の海が、静かだった。
その後、ウルが私のところに来て耳元で言った。
「主様、今夜、主様の部屋のそばで当直してていい?」
「なんで急に」
「なんとなく、今夜は近くにいたい。ダメ?」
ウルが少し不安そうな顔をしていた。今日のルカとの再会が、彼なりにずっと心の中にあったのだと思う。終わってよかった、でもまだ落ち着かない、という気持ちが、その顔に出ていた。
「いいよ」
「ありがとう。……主様、今日もかっこよかったよ」
「あなたも」
ウルが目を丸くした。それからぱっと表情を明るくして、「本当に?」と言った。
「本当に。ルカに『船に乗るか』って言った時」
「……声、震えてたけど」
「震えてたから、かっこよかった」
ウルが黙った。少し経ってから、「それ、どういう意味か分かった気がする」と言って、当直の場所に戻っていった。その背中が、少し軽くなっていた。
(第十八章 完)




