第八十四話 ノアの「深淵」で組織の術式を解析する
港町から二日ほど進んだところで、ほどき屋の仕掛けた罠に引っかかった。
朝の霧の中に浮かぶ無人の小島に近づいた時だ。島の岩陰から複数の魔導師が姿を現し、魔力吸収の術式が網のように船を包んだ。ウルの炎が出なくなった。アルの術式が空回りする。
ノアが甲板に出てきた。
「……これ、深淵魔法と構造が似てる。俺が誰かの痛みを飲み込む時と、同じ種類の力の動き方をしてる」
「解析できる?」「やってみる」
ノアが甲板に膝をついた。深淵魔法が静かに発動した。黒い影が術式の網に向かって伸び、触れながら構造を読み解いていく。レオネルが剣を抜いて魔導師との間に立ち、ウルが炎の出ない拳を握って構えた。
三分ほど経って、ノアが目を開けた。「供給源が一箇所だけある。あの岩の裏に魔導石が埋めてある」
レオネルが即座に飛び込んだ。海に入り、岩場を泳いで回り込む。魔導師たちが動いたが、ウルとノアが足止めした。
二分後、爆発音がした。術式が解けた。ウルの炎が燃え上がり、アルの結界が展開された。魔導師たちは霧の中に消えていった。
甲板に戻ったレオネルは、右腕に浅い切り傷を作っていた。
「大事ない」と言って自分で布を巻こうとしたが、私は「貸してください」と言って手を取った。
「結衣殿、私は大丈夫だ」
「大丈夫でも手当てする。動かないで」
レオネルが観念したように腕を差し出した。傷を洗って薬草を当てながら、私は針と糸で布を固定した。
ウルが横から覗き込んだ。
「レオネルさん、痛い?」
「……これくらい何でもない」
「でも顔が少し引きつってる」
「引きつっていない」
「してる」
アルが「ウル、邪魔しないでください」と言って、ウルを退かした。ノアが壁に背を預けて腕を組んだまま、でも視線はちゃんとこちらを向いていた。全員に見守られながらの手当ては、レオネルにとって居心地が悪そうだったが、それでも腕を引かなかった。
「終わりました」
「……助かった」
レオネルが素っ気なく言った。でも、礼を言った。それで十分だ。
ノアが「可能性と現実は違う」という言葉を言った後、レオネルが珍しく声を出して笑った。ノアが口の端を上げた。ウルが「あ、ノアが笑った!」と叫んで、アルが「うるさいですよ」と返した。
霧が晴れていく。空が青くなっていった。




