第八十話 ルカがここにも来ていた
翌朝、遺跡を出る前にもう一度内部を確認した。
螺旋状の通路の途中に、布の層の一部が他と違う崩れ方をしている箇所があった。人が触れた痕跡だ。通路の一箇所でウルが立ち止まった。布の層の隙間から、細長い金属の破片が突き出ていた。ハサミの刃の、先端が折れた破片だ。断面が新しい。
「ルカの」
レオネルが短く言った。
ルカがここへ来ていた。石板を見た。叔父の刻んだ私の名前を見た。そして何も変えずに去った。
私はハサミの破片を手のひらに乗せた。意図的に残したのだと思う。私たちが後から来ることを、分かっていたのだろう。
「ルカも、この布の声を聞いたんだと思う。ここへ来て、記憶の集積の中を歩いた」
「どんな気持ちで歩いたんでしょうか」とアルが言った。問いかけというより、自分に向けた問いだった。
誰も答えなかった。でも、答えられないからこそ、ルカに会いに行く意味がある。
遺跡を出ると、朝の光が入り江を満たしていた。崖の岩の割れ目に、小さな布の切れ端が挟んであった。パステルカラーの、ルカのカーディガンの端切れだ。見える方角は北東。ルカの足跡が向かっていた方向と一致する。
「先に行ってる」とノアが言った。
帆を張りながら、ウルが口笛を吹いた。レオネルが帆の状態を確認しながら、私の横を通り過ぎる時に短く言った。
「今日も問題なく進める。任せておけ」
それだけだった。でも、その一言が妙に心強かった。
「ありがとうございます」
「礼には及ばない。これが私の役目だ」
レオネルが前を向いたまま言った。その背中が、いつもより少し広く見えた。
アルが私の隣に来た。
「レオネルは、ああいう形で気遣いを示しますね」
「そうね。言葉じゃなくて、行動で」
「……私も、そういう形の方が得意かもしれません」
「知ってる」
アルが少し間を置いてから、眼鏡を押し上げた。その仕草が、照れているように見えた。
船が動き出した。北東へ向かって。遺跡の巨人が、朝陽を背に受けて長い影を地面に伸ばしていた。
ウルが私の隣に来て、「次はルカに会えるかな」と言った。
「会えると思う」
「僕もそう思う。……なんか、近い気がする」
潮風が吹いた。ルカのカーディガンの切れ端を、私はポケットの中にしまっていた。
(第十六章 完)




