第八話 鳴り止まない称賛と、影の足音
「本当だ! さっきの女の子のウサギ、まるで生きてるみたいに動いてたぞ!」
「ジョンの店が再開したっていうのは、デマじゃなかったんだ!」
店の扉が開いたまま、なだれ込んできた群衆の声が店内に響き渡る。ついさっきまで静かだった『ジョンの人形店』は、瞬く間に熱狂の渦に巻き込まれた。カウンター越しに差し出されるのは、長年放置されてボロボロになったテディベアや、糸が切れて動かなくなったマリオネットたち。
「私のこれも直してくれ! お願いだ!」
「娘の誕生日に買ったこの子が、魔力切れで眠ったままなんだ。頼む、助けてくれ!」
必死な形相の人々に気圧され、私は思わず一歩後ずさった。現実世界では、私の作品は見向きもされず、ただの在庫として棚の隅で埃を被っていた。それなのに、ここでは私の技術が、奇跡の杖か何かのように求められている。
「……主様、下がっていて。僕が整理するから」
ウルが不機嫌そうに前に出た。黄金の瞳を鋭く光らせ、詰め寄る大人たちを威圧する。
「順番を守ってよね。主様は一人しかいないんだ。無作法な奴は、僕が綿にしちゃうよ?」
「ウル、言い方が物騒です。……皆様、落ち着いてください。本日の受付はここまでとさせていただきます」
アルが冷静に割り込み、流れるような動作で客たちを整列させていく。二人の完璧なサポートのおかげで、混乱していた店内はどうにかお店としての体裁を取り戻した。
そこからは、夢のような時間だった。
私は次々と持ち込まれる人形たちに、銀の針を通していく。魔力が枯渇して色が抜けてしまった犬のぬいぐるみには、裏庭で採れた陽光の糸を。関節が焼き付いて動かないブリキの兵隊には、叔父の遺した清流の潤滑油を一滴。私が針を動かすたびに、人形たちは息を吹き返し、持ち主の腕の中で愛らしく跳ねた。
「……ありがとう」
「魔法みたいだ……」
あちこちで上がる歓喜の声と、温かな涙。一針ごとに心を込める私の重い仕事が、ここでは誰かの救いに変わっていく。その手応えが、私の乾いていた心をじわりと潤していった。
◇
しかし、そんな光景を冷ややかな目で見つめる男たちがいた。
店の外、通りを隔てた場所に、豪奢な刺繍の入った外套を羽織った男たちが立っている。その胸元には、この街の職人を統括する『人形職人ギルド・アイアンニードル』の紋章が輝いていた。
「……間違いない。あの銀の針、そしてあの術式……。行方不明だったジョンの秘術だ」
リーダー格の男が、忌々しげに吐き捨てた。太い眉の下、計算高そうな目が細くなる。
「ギルドの許可なく営業し、挙句に市場の相場を無視した奇跡を見せびらかすとは。小娘が、身の程を知らん」
「いかがいたしますか、支部長?」
「ふん、放っておけ。どうせジョンの店だ。まともな素材など残っていないはず。……近いうちに、思い知らせてやる。この街の人形の命を握っているのは、我々ギルドだということをな」
男たちは、影に溶けるようにその場を去った。
◇
店内では、最後のお客を送り出した私が、心地よい疲労感の中で椅子に座り込んでいた。
「主様、お疲れ様です。……ほら、ご褒美の特製クッキーですよ」
ウルが私の膝に頭を乗せ、口元にクッキーを運んでくれる。
「ふふ、ありがとう、ウル。……でも、なんだか視線を感じたような気がして」
「……気付かれましたか」
アルが窓の外を見つめ、静かにカーテンを閉めた。
「主様。光が強ければ、影もまた深くなるものです。……でも、心配はいりません。何が来ようと、我々が貴女の針を守り抜きますから」
アルの言葉に、私はわずかな不安を感じながらも、二人の温もりに身を委ねた。私の新しい居場所を脅かす存在が、すぐ近くまで来ていることに、まだ私は気付いていなかった。




