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第七十七話 刻まれた「結衣の名前」



翌朝、螺旋の中心へ向かう道を、一列になって歩いた。

積み重なった布の層の間を縫うように続く細い通路。ランプは必要なかった。巨人の体の各所に開けられた細い穴から、朝陽の光が差し込んでいた。光の筋が布の層を横切り、舞い上がる埃の粒を橙色に染めている。歩くたびに足元の布が微かに軋む音がした。

ノアが通路の途中で立ち止まった。「ここ、誰かいた。最近。一週間か、もう少し前くらい」

レオネルが素早く周囲を確認したが、今は誰もいない。

中心の空間に辿り着いた。床に水平に置かれた巨大な石板。表面には複雑な文様が刻まれている。全体の構造を見ると、これは設計図だ。何かを作るための、根本的な設計図。

石板の中央に、文字が刻まれていた。他の文様が風化しているのに、その文字だけが鮮明に残っている。

私は石板の前に跪き、顔を近づけた。

読める。この世界の文字で書かれている。

「野中結衣へ」

息が止まった。

ウルが私の隣に来て、石板を覗き込んだ。「……主様の名前、だ」。彼の声が、かすかに震えていた。

文字の隣に、叔父の印章があった。叔父はここへ来て、この石板に私の名前を刻んだ。私が生まれるよりも前に。

アルが「三十年以上前です」と言った。私が生まれたのは二十四年前だ。

(……なんで分かったの、おじさん。私がここへ来ることが、どうして分かったの)

「おじさんにとって、ここは終着点じゃなくて、出発点だったんだ」

私は石板の文字に、そっと指先を当てた。冷たい石の感触の奥から、温かいものが伝わってきた気がした。

光の柱が、橙色に揺れていた。

遺跡の外に出ると、レオネルが私の隣に並んで歩いた。珍しい。彼はたいてい、私より少し後ろを歩く。

「……大丈夫か」

短い問いだった。大丈夫かどうかを確認するというより、声をかけることに意味を見出しているような聞き方だった。

「大丈夫です。ただ、おじさんのことを考えてました」

「そうか」

レオネルはそれ以上何も言わなかった。でも、ちゃんと歩調を合わせていてくれた。騎士の人だ、と思った。言葉ではなく、そこにいることで示す人だ。

ウルが前から戻ってきて、私の反対側に並んだ。

「主様、泣いてない?」

「泣いてない」

「目が少し赤い」

「気のせい」

「気のせいじゃないと思うけど……まあ、いっか」

ウルが私の手をさっと取って、そのまま歩き始めた。繋いだまま歩く、という発想が自然に出てくる子だ。レオネルが前を向いたまま、小さく息を吐いた。それが苦笑なのか溜息なのか、聞こえなかったふりをした。


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