第七十六話 遺跡は「生きていた」
遺跡が見えてきたのは、廃工房の集落を出て四日目の夕方だった。
最初は山だと思った。地平線から盛り上がる、なだらかな丘の影。しかし近づくにつれ、その輪郭が自然のものではないと気づいた。直線がある。角がある。巨大な何かが、そこに立っている。
船が入り江に滑り込む頃には、全員が甲板に出ていた。夕陽が真後ろから差し込んで、前方の影を長く伸ばしている。
人型だった。
高さは優に五十メートルを超えるだろう。石で作られた巨人が、両腕を広げた姿勢で立っている。顔の造形は曖昧で、人なのか人形なのか判断がつかない。全身を覆う石の表面には、精緻な文様が刻まれている。文様の一本一本が、何らかの意味を持つ術式であることは、職人の目を持つ私には即座に分かった。
「でかい……」
ウルが素直な感想を口にした。アルが海図を開いて確認しようとするが、当然ここには何も記録がない。ノアが腕を組んで巨人を見上げ、「人形みたいな顔してる」と呟いた。確かに、その無表情な顔立ちは、職人が作った人形の造形に似ていた。
レオネルが剣の柄に手をかけながら、警戒して周囲を見回した。「罠の可能性は?」
「感じません。待っている感じです」とアルが答えた。
巨人の胸の部分に、扉があった。錆びていない蝶番。長い年月が経っているはずなのに、今でも使えそうな状態だ。
「入りましょう」
私が言うと、誰も反対しなかった。ウルが先に立ち、扉に手をかけた。
内部は、外から想像したよりもはるかに広かった。巨人の体の内側が全て空洞になっていて、無数の糸と布が満ちていた。床から天井まで螺旋状に積み重なる布の層。誰かが作ったものの記憶。誰かが使ったものの温度。誰かが愛したものの残滓が、幾重にも積み重なっている。
銀の針が、指の中で激しく脈打ち始めた。
(ここは、世界中の「作られたもの」の記憶が集まる場所だ)
螺旋の中心に、一本の光の柱が見えた。その根元に、私たちを待っているものがあった。
外に出た時、すっかり日が暮れていた。船に戻って食事を済ませた後、全員が甲板に出た。遺跡の巨人が夜の中に黒々と立っている。
ウルが私の隣に来て、肩に頭を乗せた。
「主様、顔が真剣すぎ」
「そう?」
「うん。あの遺跡、すごかったね。布の声がこっちまで届いてくる感じがした」
「あなたにも聞こえた?」
「聞こえたというか、なんか胸がいっぱいになった。……主様はどうだった」
「私はもっと強く。針が答えてた」
アルが反対側に来て、静かに立った。
「明日、中心まで行けますか」
「行く。今日は外側しか分からなかったけど、奥に何かある」
「無理はしないでください」
レオネルが後ろから歩いてきた。珍しく、手に何かを持っている。小さな陶器の椀だ。
「……島で買った蜂蜜茶だ。疲れているだろう」
全員が少し驚いた顔をした。レオネルが蜂蜜茶を買っていたことも、それを差し出すタイミングも、あまりにも不意打ちだったからだ。
「ありがとうございます、レオネルさん」
「別に。……残っていたので」
レオネルが素っ気なく言って、視線を海に向けた。ウルが「あ、レオネルさんってそういうとこあるよね」とこそっと言った。アルが「黙ってください」と返した。
蜂蜜茶は温かかった。遺跡の重さを、少しだけ薄めてくれた。




