第七十四話 ルカの「記録」が残る廃工房
廃村から半日ほど南へ進んだところに、地図にない集落があった。シズの地図でルカが通過した場所に近い。上陸した。
集落の外れにある廃工房の壁に、絵があった。高さ私の背丈ほどの、炭で描かれた人物の肖像画が複数。精緻で、何度も描き直した跡がある。中心に叔父の顔があった。間違いない。くたびれた帽子と柔和な目元が、私が覚えている叔父の顔そのものだった。
レオネルが「感情がある絵だ。この人たちのことを、描いた者はよく見ていた」と言った。
棚の一段に、紙の切れ端が落ちていた。雨水で滲んで、読める部分は一行だけだった。
「切れば、楽になると思っていた」
過去形だ。今は違うのか。それとも今も思っているけれど、そうならなかったということか。
宿に戻って夕食を食べた後、私が一人で縁側に出ると、すぐにウルが来た。
「一人にしといた方がよかった?」
「ううん」
ウルが隣に座った。
「ルカって、絵が描けるんだね。知らなかった」
「私も知らなかった」
「叔父さんのこと、ちゃんと見てたんだね。あんなに精緻に描けるってことは、ずっと見てたってことだから」
その言い方が、ウルらしかった。絵の技術の話をしながら、ルカの気持ちを読んでいる。
「ルカはおじさんが好きだったんだと思う」
「だよね。好きじゃなかったら、あんなに丁寧に描かない」
アルが後から来て、反対側に座った。
「切れば楽になると思っていた、という言葉。過去形なのが気になりました」
「私も思った」
「楽になれなかったか、楽になったが別の何かが残ったか。……どちらにせよ、まだ終わっていないということだと思います」
アルの分析は正確だ。終わっていない、ということは、続きがある。続きがあるということは、会えた時に何かが変わる余地がある。
「会えると思う?」
ウルが聞いた。
「会える。きっと」
「根拠は?」
「あの壁の絵。完全に逃げている人は、記録を残さない」
ウルが頷いた。アルも、静かに頷いた。夜の潮風が吹いて、三人の髪を揺らした。




