第七十三話 ノアが「痛み」以外の感情を使う
廃村を見つけたのは、島を出て五日目の午後だった。
海岸線に沿って進んでいると、崖の上に古い建物の影が見えた。上陸すると、静かすぎる村だった。食器や家財が残ったままで、急いで出ていった様子ではなく、長い時間をかけて誰もいなくなった静けさだ。
村の広場の中央に、人形が並んでいた。大きさはまちまちで、木製、布製、焼き物と様々。広場の石畳の上に、輪を作るように均等な間隔で置かれている。
ノアが一番に近づいた。布製の小さな人形を手に取り、しばらく眺めた。
「この子たち、捨てられたわけじゃない。村を出る時に、またいつか来るかもしれないから、ここで待っていてほしくて置いていった。……そういう感じがする」
アルが調べると、大きな嵐で住民が集団移住した年の廃村だと分かった。
「でも、戻れなかった」とノアが言った。
ノアは突然立ち上がって言った。「直そうか、この人形。……俺が」
私が予備の針と糸を渡すと、ノアは布製の人形を膝の上に乗せた。指先が、少し震えていた。
最初の一針は曲がった。二針目も角度がずれた。ウルが「惜しい」と言い、アルが「少し手首を」と言いかけてノアに睨まれて黙った。
五針目あたりから安定してきた。十分ほどかけて、人形の頭の傾きが直った。
ノアが直した人形を、広場の石畳の上に戻した。元の場所に、丁寧に置いた。
「……なんか、変な感じ」
「どんな感じ?」とウルが聞いた。
「痛みじゃない感じ。何かをした後に残るやつ。……これが達成感?」
ウルが「そうそう、それ!」と言って、ノアの背中をバシバシ叩いた。ノアが「いたい」と言いながら、でも振り払わなかった。
その後、補給品を探して村の中を歩き回った。ウルが私の隣を歩きながら、ぽつりと言った。
「俺さ、ノアが自分から何かしようとするの、初めて見た気がする」
「そうかもね」
「嬉しかった。……なんか、家族みたいだなと思った」
「家族?」
「うん。俺とアルは双子だけど、ノアもレオネルも、なんか家族っぽい感じがしてきた。主様が中心にいると、そうなるのかな」
「私が中心かどうかは分からないけど」
「主様が中心だよ。絶対」
ウルが断言した。その声が、自信に満ちていた。以前の彼が「主様がいないと困る」という意味で言っていたのとは、少し違う。今の彼の声には、それが誇らしいという気持ちが混じっていた。
「ありがとう、ウル」
「どういたしまして。……あ、あそこに井戸がある」
ウルが走っていった。いつもの、子犬みたいな動き方だった。




