第七十話 シズの告白「ジョンが求めたもの」
カナの呪いが解けた日の夕方、シズが私を浜辺へ連れ出した。
島の西側の浜辺は、人がほとんど来ない場所だ。岩場が多く、波が荒い。夕陽が水平線の手前に差し掛かる時間帯だけ、岩の間に差し込む光が美しい。
シズはしばらく無言で海を見ていた。杖をつきながら岩場の端に立つ姿は、風に揺らぐ気配がまるでない。
「お前は今日、縫いながら織ることを一瞬だけやった。この島でそれをやった人間は、ジョンが最後だ」
シズが語った。叔父は三年かけて感触を掴んだ。でも途中で去った。手放せないものが多すぎたから。失うことを恐れていたから。
「叔父が手放せなかったのは、何ですか」
「お前だ」
一言だけ、静かに言った。
叔父は私を一度見て、私のことを想う気持ちが頭から離れなくなったと言っていた。縫いながら織ることには、執着を手放す覚悟が要る。それが叔父にはできなかった。
(……おじさんは私を材料にしようとしたんじゃない。私のことを想う気持ちを、自分で解いてみようとしたんだ)
それが叔父にはできなかった。だから銀の針を私に遺した。
「シズさんは、私が辿り着けると思っていますか」
「今日カナの呪いを解いた時、お前は叔父が三年かけてやったことを一瞬やった。……それがお前の答えだ」
夕陽が沈んでいく。水平線に橙色が溶けていく。
私は叔父の針をそっと握りしめた。手放せないものを抱えたまま、それでもここまで来た。叔父が辿り着けなかった場所の、少し手前に立っている。
宿に戻ると、縁側にウルとアルが並んで座っていた。
「遅かった」とウルが言った。
「心配してました」とアルが言った。
「シズさんと話してた」
「長かったですね」
「大事な話だったから」
ウルが立ち上がって、私の隣に来た。何も言わずに、肩に頭を乗せた。
「叔父さんのことが分かった?」
「少しだけ」
「そっか。……じゃあよかった」
アルが反対側に来て、静かに立った。三人で夜の海を見た。潮の匂いが、風に乗って届いてきた。
「明日、島を発ちましょうか」
私が言うと、二人が同時に頷いた。ウルの頭が、肩の上で少し動いた。
「主様」
「なに」
「ここに来てよかったね」
「うん。来てよかった」
橙色の光が、針の中で静かに灯っていた。
(第十四章 完)




