第六十九話 「縫う」と「織る」を同時に使う
カナの呪いに針を通したのは、八日目の夜明け前だった。
夜の間に一度試みて、うまくいかなかった。呪いの糸は縫いの技術で近づくと逃げていく。過去に向かう手では、未来を閉じる術式には触れられない。
(縫いながら織る、ということは……)
ベッドの中で考えているうちに、叔父が求めていたものの輪郭が少しだけ見えた気がした。
夜明け前にカナと工房へ。私とカナとノアの三人だけの時間。ノアが「俺も見てていい?」と自分から言ってくれた。
「始めるよ。痛かったら言って」「分かった」
銀の針を構えた。今夜は縫いながら同時に、指先で新しい糸を張るイメージを持った。修行の初日に覚えた感触、糸に「こうなってほしい」という気持ちを乗せる感触。それを縫いの動作に重ねる。
針を刺した瞬間、指先から白に近い淡い光が滲み出た。初めて出た色だった。
(……届いてる)
呪いの核が姿を晒した。
「ノア」「分かった」
ノアの深淵魔法が呪いの核を固定した。飲み込むのではなく、掴む。昨日カナと話した後でノアが自分で考えてきた動き方だ。
最後の一針を通した。パチン、と小さな音がした。
カナの布がほどけなくなった。シャトルを走らせると、布が一本分だけ増えた。解けなかった。
「……あ」
カナの声が掠れた。目から涙が一粒だけこぼれた。三年間、織るたびにほどけていくのを見続けてきた子の涙だ。
ノアが壁際で腕を組んで目を逸らしていた。その耳が赤かった。
夜明けの光が、工房の高い窓から差し込んできた。
宿に戻ると、ウルが入口で待っていた。早朝なのに、ちゃんと起きていた。
「うまくいった?」
「うまくいった」
ウルが「よかった!」と言って、私の手を両手で掴んだ。
「手、冷たい。ずっと緊張してたんだ」
「少しね」
「ちゃんとご飯食べた? 朝ごはん作ってある」
「朝から?」
「うまくいったら一緒に食べようと思って」
ウルが嬉しそうに引っ張っていった。食堂に行くと、アルも起きていて、お茶を用意していた。
「うまくいきましたか」
「うまくいった」
「そうですか」
アルが短く言って、お茶を私の前に置いた。それだけだったけれど、その仕草の中に、ずっと心配していたことが詰まっていた。
ノアが遅れて食堂に来た。アルが「ノアの分もあります」と言って、ぬるめのお茶を出した。ノアが黙って受け取った。
朝の食卓が、温かかった。




