第六十八話 カナの過去と、島が抱える「綻び」
七日目の昼過ぎに、カナが倒れた。
工房の中でのことだった。シャトルが手から落ちて、石の床を転がった。カナ自身はそのまま前のめりに崩れ落ちて、アルが間一髪で受け止めた。
カナを横にして、アルが脈を確かめる。私は彼女の手に触れた。冷たかった。体の熱が、どこかへ流れ出ているようだった。
シズが「また、か」と呟いた。何度もある、あの子は布を織るたびに消耗する、と言った。布が完成するそばからほどけていく。誰かに呪いをかけられた、未来を織ることを禁じる歪んだ術式だ、と。
私は布に触れた。銀の針が、じくりと重くなった。縫い目でも織り目でもない、粘りつくような外から押し付けられた何かがある。
カナが目を覚ました後、三年前の話を聞いた。両親が船の沈没で亡くなった夜、助けてくれた人に何かをされて、以来布がほどけるようになった。その人の顔も名前も、記憶の中で霧がかかって見えない。
その話を、入り口でノアが聞いていた。自分の手をじっと見ながら、他人の話とは思えない顔で。
「……俺も、誰かに作られたから分かる。自分の意志じゃない形に縛られてるのが、どういう感触か」
カナとノアの目が合った。短い沈黙の中に、言葉より多くのものが通った。
「直せるの? 結衣に」
「やってみる。諦めたくない」
カナが小さく頷いた。
夜、全員で夕食を食べた後、ノアが珍しく食器を片付けるのを手伝った。カナのことが頭にあるのだと分かった。
食器を洗い終えて、ノアが私の隣に来た。
「……呪い、本当に直せると思う?」
「思う。難しいけど」
「難しいのに、なんで諦めたくないって言えるの」
「諦めたくないから、諦めたくないって言える。理由はそれだけ」
ノアが少し間を置いて、「変な答え」と言った。
「変かな」
「変じゃない。……俺には言えない答えだと思った」
ノアが、私の隣に座った。いつもより少し近い。珍しい。
「お前って、怖くないの。うまくいかない時」
「怖い。でも怖いまま針を持つしかない」
「……そっか」
ノアがぽつりと言って、また黙った。二人でしばらく、夜の窓の外を見ていた。ノアが帰り際に、ぼそりと言った。
「……俺、明日一緒に行っていい。カナのとこ」
「来て。あなたがいた方がいい」
ノアが何も言わずに頷いた。その横顔が、少しだけ柔らかかった。




