第六十七話 ウルの「陽炎」が島を守る
六日目の夕刻、ウルが島の北の浜辺から戻ってきた時、その顔には普段と少し違う表情が浮かんでいた。
夕食の間もずっと黙って自分の手のひらを見ていた。全員が食事を終えた後、私はウルの隣に座った。
「何かあった?」
「……うん。ちょっとね」
ウルはしばらくためらってから、手のひらに炎を灯した。ごく小さな発現だ。炎は揺れながら、じきに消えた。
「浜辺に、島の結界の外側をうろうろしてる何かがいた。謎の組織の偵察だと思う。……追い払った。でもその時に、気づいたことがあって」
今度は炎の形を変えた。球形が細く伸びて糸のような形になり、テーブルの上の燭台を避けて弧を描いて通り過ぎた。
「攻撃するんじゃなくて、道を作るみたいに炎を動かした方がうまくいった。追い出すんじゃなくて、来ない方向へ誘導する感じ。この島の人たち、全員そういう動き方してるよね。力で押すんじゃなくて、流れを作る感じ」
レオネルが「それは大きな違いだ」と言った。消耗が少ない、賢い戦い方だ、と。
ウルが炎の糸を消して、また手のひらを見た。
「ねえ主様、これって修行になってる? 別に誰かに教わったわけじゃないんだけど」
「なってると思う。むしろ、それが本当の修行なんじゃないかな」
翌朝、ウルは夜明け前から浜辺へ行った。昨夜発見した炎の動かし方を試してみるためだと言って。レオネルが一緒に行くと申し出た。ウルが素直に頷いた。
二人が出て行った後、アルが私の隣に来て静かに言った。「ウルが変わっています。以前は主様の近くにいることが最優先でした。今は離れて自分のことをしている」
「あなたは嫌じゃない? ウルが遠くなっていくのが」
「嫌ではありません。……むしろ、そういう変化を一番近くで見られることが、わたしには嬉しい」
アルが珍しく、はっきりと「嬉しい」と言った。
浜の方から、ウルの声が風に乗って届いてきた。何か発見した時の、子どものような声だ。レオネルの低い笑い声も混じっている。
その朝の光の中で、針が橙色に光っていた。
ウルとレオネルが戻ってきたのは昼前だった。ウルが私を見つけると、真っ先に駆けてきた。
「主様! できた! 炎で結界じゃなくて通路みたいなの作れた!」
「よかった。怪我は?」
「ない! あ、でも袖が少し焦げた」
「見せて」
ウルが腕を差し出した。カーディガンの袖の端が、ほんの少し焦げている。私が針と糸を取り出すと、ウルが目を輝かせた。
「直してくれる?」
「少し待って」
私が焦げた端を丁寧に縫い留めていると、ウルが顔を近づけてきた。近い。
「主様って、こういう時の顔も好き」
「近い」
「いいじゃん。縫ってくれてるんだから」
アルが後ろから「ウル、近すぎます」と言った。ウルが「アルこそ近い」と言った。気づいたらアルも後ろに来ていた。
私は黙って縫い続けた。二人に挟まれながら、でも針の動きは乱れなかった。




