第六十四話 アルの「論理」と島の「直感」
三日目の朝から、アルがおかしかった。
朝食の時から無言で、出されたお茶を飲みながらずっと何かを考えている。眼鏡のブリッジを押し上げる動作が五分に一回は繰り返されている。ウルが「アル、何か食べなよ」と言っても、「後で」とだけ返した。
私がアルの茶碗に追加のお茶を注ぐと、彼は「ありがとうございます」と言って、初めて顔を上げた。でもすぐにまた考え込んだ。ウルが「主様だよ? ちゃんと見て」と言い、アルが「見ています、うるさい」と返した。いつも通りだ、と思って少し安心した。
工房に入ると、アルはまた例の織機の前に立った。昨日から繰り返し、同じ織機を分析している。島の若い織り手カナが、また来たの、という顔でアルを見ていた。
アルがカナの言葉に従って布に触れた時、その表情が変わった。計算している顔から、何かを受け取っている顔へ。
「……温かい」
「誰かの手の温かさ、でしょ。この布、わたしのお母さんが織ったんだ。温かさは、糸には染み込まない。でも布には染み込む。理屈じゃないから」
アルが長い沈黙の後で言った。「……ありがとう。分かろうとする前に、感じることから始めるべきだったのかもしれない」
カナが少し目を丸くした。それから、「じゃあアル、明日また来て」と言った。
私はその場面を、工房の外からウルと二人で見ていた。
ウルが腕を組んで、感心したような顔をしていた。
「アルって、意外とちゃんと謝れるんだね」
「あれは謝ってるんじゃなくて、認めてるの。アルなりの」
「違いあるの?」
「大きく違う。謝るのは失敗した時。認めるのは気づいた時」
ウルがふーんと言って、また工房の中のアルを見た。カナがアルに何かを説明しながら、織機の糸を指差している。アルが素直にその指先を目で追っている。
「なんか、アルがかわいく見えてきた」
「言わないで。アルに聞こえたら怒られる」
「僕、アルのことかわいいって思うの初めてかも。いつも完璧だから、こういう顔するの知らなかった」
ウルが声を落として、でも本当に嬉しそうに言った。こういうところが、ウルらしい。誰かが成長した場面を、素直に喜べる子だ。自分が一番でなくても、仲間が変わる瞬間をちゃんと喜べる。
「私も初めて見た顔だよ。アルにとっては、この島が良かったんだと思う」
「主様にとっては?」
「私にとっても。叔父さんがいた場所だから」
ウルが私の手の甲に、ぽん、と自分の手を乗せた。握るでも包むでもなく、ただ乗せた。それで十分だった。工房の中から、コトン、コトンと織機の音が聞こえていた。




