第六十二話 縫い目と織り目の違い
シズの工房は、島の中腹にある大きな石造りの建物だった。
中に入ると、まず音で圧倒された。コトン、コトン、コトンと規則的に打ち鳴らされる木の音。何台もの織機が同時に動いている音だ。それぞれの拍子が微妙にずれていて、でたらめに聞こえるようでいて、耳を澄ますとちゃんと大きな一つのリズムを刻んでいる。建物全体が巨大な楽器のように鳴っていた。
シズが奥の小部屋に私たちを案内した。机の上に土瓶と茶碗が並んでいる。注がれたお茶は薄い緑色で、野草の清潔な香りがした。
全員で小部屋に入ると、かなり狭かった。ウルが当然のように私の隣に陣取った。アルがその反対側に来た。ウルがアルをちらりと見る。アルがウルを見る。レオネルが「お前たちは外で待て」と言いかけて、やめた。
「縫う者と織る者の違いを知っているか」
シズが茶碗を両手で包みながら問うた。
「縫うのは……既にある布と布を繋ぐことです。織るのは、糸から新しい布を作ること」
「半分は正しい。だが、本質ではない」
シズが立ち上がり、工房の織機のひとつに近づいた。手招きされて隣に立つ。
「縫うことは、過去を繋ぐ行為だ。お前たちが王都でやってきたことがそれだ。壊れた人形を直す、切れた縁を繋ぐ、失われた記憶を手繰り寄せる。全部、過去に向かっている」
「織ることは未来を作ることだ。まだ存在しない布を、今の手で生み出す。織る者だけが、明日の形を知っている」
私は手の中の銀の針を見た。この針でやってきたこと全てが、シズの言葉の中に収まっていく感じがした。壊れたものを直してきた。ほつれた縁を縫ってきた。全部「あったものをあった形に戻す」仕事だった。未来に向かって何かを作り出したことは、一度もなかった。
「叔父はここで、縫いながら織ることを求めた。できかけていたが、途中でここを去った。自分には足りないものがあると言って」
その時、外からウルの声が飛んできた。
「主様! アルがすごい顔して固まってます! 来てください!」
私とシズが工房に戻ると、アルが一台の織機の前で微動だにせず立っていた。目が泳いでいる。完璧に感情を管理するアルの目が、初めて「計算の外側」を見ていた。
「アル、どうしたの」
「……この織物の構造が、わからないんです。仕組みは見えます。でも、なぜこの布がこの色をしているのかが、論理的に説明できない」
シズが静かに言った。「理屈で理解しようとする者には、糸は答えない。……その子は頭が良すぎる。少し損だな」
アルは言葉を失っていた。知性だけでは届かない場所があると示された顔だ。
その後、島の若い織り手カナの案内で工房を見て回った。帰り道、ウルが私の隣を歩きながら言った。
「アルって、ああいう顔するんだね。知らなかった」
「珍しかったでしょ」
「うん。でもなんか、好きだな、あの顔。完璧じゃない感じが」
「ウルに言われたくないってアルは思うと思うよ」
「え、なんで」
「あなたが一番、いつも完璧じゃない感じだから」
ウルが「それどういう意味!?」と声を上げた。レオネルが前で苦笑して、ノアが「うるさい」と言った。アルが後ろから追いついて「何の話ですか」と言い、ウルが「主様に変なこと言われた!」と訴えた。
「変なことは言っていません。褒めてます」
私が言うと、ウルが「褒めてるの!?」と言って、急に顔が緩んだ。単純な子だ、と思いながら、その単純さが今も変わっていないことが嬉しかった。




