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第六十一話 霧が晴れた先の、生きている島



島が見えたのは、嵐の翌々日の朝だった。

夜明け前から霧が薄くなり始め、水平線に橙色の光が滲んでくるのと同時に、船首の遥か前方に黒い影が浮かび上がった。最初は雲かと思った。いや、雲にしては動かない。濃すぎる。固すぎる。ウルが帆柱の中ほどまで登り、日よけに使っている布の切れ端を目に当てて前方を凝視した。

「……島だ。でっかい島が、あるよ」

その声に、全員が甲板に出た。レオネルが腕を組んで黙って見つめる。ノアが目を細めながら右手を額に翳す。アルは懐から取り出した海図と見比べ、短く息を吐いた。

「記録にない場所です。ただし、叔父様の遺した地図と照合すると、位置は一致しています」

霧が晴れるにつれ、島の輪郭が明らかになっていく。想像していたよりも遥かに緑が濃かった。山の斜面を覆う木々の葉が、朝陽を受けてそれぞれに違う角度で光を弾いている。港らしき場所には小さな桟橋があり、そこまで延びる石段の両脇に、色とりどりのパッチワークの幕が立てられていた。風にはためくたびに、布の継ぎ目がきらりと光る。糸が、金色だ。

(縫われている。あれ、全部縫い合わされてる)

思わず銀の針に手が伸びた。針が、かすかに振動している。私の技術と同じ根を持つ何かが、あの島にある。

ノアが静かに呟いた。「あの人、僕たちが来るのを知ってて待ってる」。石段の上に、杖をついた老婆が立っていた。白い髪が風に解けて流れているのに、彼女自身はまるで石の一部のように動じなかった。

船が桟橋に着くと、老婆はゆっくりとこちらを見た。皺の深い顔に、柔らかな目が光っている。品定めをするでも歓迎するでもない、ただ確認するような目だ。

「ジョンの子か」

「……はい。叔父の姪です。野中結衣といいます」

老婆は私の顔をしばらく見てから、銀の針へ視線を落とした。小さく頷いた。

「わしはシズ。この島で糸を扱う者の頭をしている。……ジョンがいつかお前を寄越すと言っていた。遅かったな」

遅かった。その言葉の重さが、波の音と混ざり合っていた。

「来なさい。まずお茶を飲め。話は飲んでからだ」

シズが石段を上り始めた。ウルが私の隣でこそっと耳打ちする。

「あのおばあちゃん、すごく強い気がする。……叔父さんより、強いかもしれない」

私もそう思っていた。針がまだ、静かに振動し続けていた。

島に用意された宿は、工房から少し離れた石造りの建物だった。部屋が三つあって、私とレオネルとノアで一部屋ずつ使い、ウルとアルは相部屋になる手配だった。

「え、僕、主様の部屋がよかったんだけど」

ウルが即座に言った。

「女性の部屋に男性が泊まることはできません」

「アルだって男じゃん」

「私はお前と同じ部屋ですから。主様の部屋ではありません」

「じゃあせめて隣にして。廊下の角を曲がった先はちょっと遠い」

「三歩で着きます」

「三歩は遠い」

レオネルが「毎晩これか」と呟いた。シズが石段の上から振り返って、なんとも言えない顔で私たちを見ていた。

私が「早く上がりなさい」と言うと、ウルが「はーい」と言って素直に石段を上り始めた。でもちゃんと、私より一段先にいた。なんとなく守ろうとしているのが分かる、ウルらしい距離感だった。


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