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第五十一話:人形店に届いた「動く手紙」


 王都に穏やかな春が訪れてから、ちょうど一年。

 再建された「ジョンの人形店」のカウンターには、今日も街の人々から持ち込まれた「綻び」たちが、主人の手が入るのを静かに待っていた。

「主様、午後の紅茶が入りました。……それと、今朝の郵便の中に一通、おかしなものが混じっています」

 アルが冷静な手つきでトレイを置き、その傍らに一通の封筒を添えた。

 封筒には差出人の名がなく、ただ「黄金の針を持つ者へ」とだけ、見慣れない流麗な文字で記されている。

「おかしなもの……?」

 私が手に取ろうとした瞬間、封筒がガサリと音を立てて震えた。

「わっ! なに、これ!?」

 驚いて手を引くと、封筒は自ら複雑に折れ曲がり、一羽の「鳥」の形へと姿を変えた。それは紙でできているはずなのに、本物の小鳥のようにパタパタと羽ばたき、私の肩にふわりと飛び乗ったのだ。

「……紙に魔力を編み込んで、自律行動をさせているのか? 珍しい術式だね」

 奥から顔を出したウルが、興味津々で指を伸ばす。

 すると、紙の鳥は嘴を開き、誰のものでもない、水晶のように澄んだ声を響かせた。

『東の果て、境界の海を越えた「機織りの島」より。……失われた聖針の継承者よ。貴方の縫い目は、まだ半分しか完成していない』

「半分……?」

 私は思わず自分の指先を見た。この一年、一針ずつ真心を込めて磨いてきた技術を、否定されたような気がして胸がざわつく。

『叔父ジョンが隠し通した「真実の型紙」を探す気があるのなら、この鳥の導くままに海を渡れ。……待っているわ、結衣。貴方が本当の救世主(職人)になる日を』

 その言葉を最後に、紙の鳥はサラサラと金色の砂になって崩れ、カウンターの上に一編の地図を遺した。

 そこには、王都の地図には決して載っていない、霧の向こう側に浮かぶ謎の島が記されていた。

「ジョンのじいさんが隠し通した……か。……ねえ、結衣。これ、ただの悪戯じゃないよ」

 いつの間にか背後に立っていたノアが、赤い瞳を鋭く光らせて地図を凝視した。

「この地図から、じいさんと同じ……でも、もっと古くて『重い』魔力を感じる」

 アルが地図を手に取り、眼鏡を光らせて解析を始める。

「……王都の記録にはない島です。ですが、叔父様がかつてこの店を開く前に数年間、行方を晦ましていた時期と一致します。主様、これは……」

 私は、崩れ落ちた金色の砂を見つめた。

 ようやく手に入れた、穏やかな日常。けれど、叔父ジョンが私にこの店を託した本当の理由は、まだこの先に隠されているのかもしれない。

 窓の外では、春の風がどこまでも続く空へと吹き抜けていた。

 その風は、見たこともない広い世界からの、新しい「綻び」の匂いを運んできていた。


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