第四十九話 叔父ジョンの最後の手紙
店内の再建も大詰めを迎え、私は叔父ジョンの形見である大きな裁縫箱の整理をしていた。
底に敷かれた古いビロードを張り替えようと剥がした時、その下から、煤けた一通の手紙が現れた。封蝋は割れ、インクは滲んでいるが、宛名の筆跡は力強い。「結衣へ」。
「……ジョンおじさん?」
震える指で封を切ると、懐かしい、少し古い紙と蜂蜜の匂いが混ざったような気配がふわりと鼻先を掠めた。ウル、アル、ノアの三人も、その気配に導かれるように私の背後に集まってくる。
『親愛なる結衣へ。 この手紙を読んでいるということは、お前はもう自分の足で、この世界の土を踏みしめていることだろう。お前をブラック工房の地獄から引き抜いた私を、お前は救世主だと思ったかもしれない。だが、本当の救済とは、誰かに与えられるものではない。』
手紙の文字は、後半にいくほど力強く、そして優しく綴られていた。叔父らしい。言いたいことを先送りにして、大切なところだけ力を込める書き方だ。
『私は、お前を守るために三体のテディベアを作った。だが、あえて彼らの精神は「未完成」のままにしておいた。ウルは無邪気すぎて、アルは理屈っぽすぎて、ノアはあまりに悲しすぎる。なぜなら、彼らが最初から完璧な人間であったなら、お前はまた「愛される人形」として、誰かの顔色を伺って生きてしまうからだ。』
背後で、ウルとアルが息を呑むのがわかった。彼らが「未完成」だったのは、叔父の技術不足ではなく、私と共に「不完全なまま成長する」ための余白だったのだ。ウルが泣くのを堪えるように口元を押さえている。アルは眼鏡を外して、目を閉じていた。ノアは壁の一点を見つめたまま、動かない。
『結衣、そして私の可愛い息子たち。お前たちがぶつかり合い、悩み、互いの綻びを縫い合わせることで、初めてお前たちの魂は本物になる。魔法の針は、世界を固定するためにあるのではない。明日という、まだ誰も見たことがない新しい布を、自分たちの手で縫い合わせるためにあるのだ。さあ、針を持て。お前たちの物語は、ここからが本番だ。』
手紙の末尾に、一行だけ、追記があった。小さな字で、少しだけ滲んでいる。急いで書いたのか、あるいは書きかけて何度もやめたのか。
『それから、結衣。叔父さんは、お前の笑い声を聞けて幸せだったよ』
「……おじさん、ズルいよ。最後まで、全部お見通しだったんだね」
私は手紙を胸に抱きしめ、涙を流した。私が彼らを救ったのではない。彼らという「未完成な存在」がいたからこそ、私は自分の意志で立ち上がる勇気を持てたのだ。
「主様……僕、もっと勉強します。主様が困った時に、魔法じゃなくて、僕自身の知恵で助けられるように」
アルが静かに誓う。眼鏡の縁が、わずかに曇っていた。
「僕は、主様を笑わせるだけじゃなくて、一緒に泣けるようになりたい。……それが、本物の『家族』だと思うから」
ウルが、私の手を力強く握りしめた。
ノアも、手紙に記された自分の名をなぞり、小さく、けれど確かに頷いた。その赤い瞳が、珍しく柔らかく滲んでいた。地下室でずっと一人だったあの子の名が、叔父の文字でちゃんとそこにある。見捨てられていなかった。最初から、ちゃんと愛されていた。
叔父ジョンが遺したのは、魔法の店ではない。私たちが、自分たちの意志で「未来」を縫い合わせていくための、一筋の糸だったのだ。その糸は今、四人の手の中で、それぞれ違う色に輝いている。それで正解なのだと、今の私にはわかる。




