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第四十八話 レオネルの誓い、騎士から隣人へ


 ルカが去った翌日の夕暮れ。店の入り口に立つ影があった。

 使い込まれた銀の甲冑ではなく、仕立ての良い、けれど地味な平服を纏ったレオネルだ。その腰に、かつて国から授かった儀礼用の長剣はない。剣帯だけが残り、その空っぽさが今の彼の立場を無言で語っていた。

「結衣殿。……少し、時間をいただけるだろうか」

 その声は、私を呼び止めた時の声とはまるで違った。命令でも依頼でもない。ただ、隣に立ってほしいという、静かな問いかけだった。

 私たちは、再建の進む街を見下ろせる裏丘まで歩いた。夕日が遠くの屋根を橙色に染め、煙突からは夕食の煙が細く上がっている。王都が、ゆっくりと日常を取り戻している。銀の糸に縫い止められた広場には今、子どもたちが走り回っていた。あの子たちに、あの夜のことはどう伝えられているのだろうか。

 かつて彼が「救世主」としての私を迎えにきた時のような、威圧的な騎士の気配はもうない。今の彼は、ただの背の高い、少し真面目すぎる青年の一人に見えた。横顔が、以前より穏やかだ。

「評議会から正式な打診があった。私に、再編される新騎士団の団長に就いてほしいと」

「……それは、凄いことじゃない。レオネルなら、きっと素敵な騎士団を作れるわ」

 私が微笑むと、レオネルは苦笑して首を振った。

「いや。……断ってきた。私はもう、国という巨大な布を縫い合わせる器ではないと思い知らされたからな」

 彼は立ち止まり、真っ直ぐに私を見つめた。その瞳には、かつて私を「聖女」として崇めていた時のような盲目的な光ではなく、今の私という「人間」を捉える確かな熱が宿っている。

「私は、君を守るために騎士になったつもりだった。だが、実際には君を国の部品として縛り付け、苦しめていただけだった。……あの日、君が人間として泣いた姿を見て、ようやく目が覚めたのだ」

 レオネルは懐から、小さな木彫りの看板を取り出した。そこには『レオネル剣術道場』と、少し武骨な字で刻まれている。表面は丁寧に磨かれていた。これを作るのに、どのくらい時間をかけたのだろうか。

「この店の近くに、小さな道場を開くことにした。国を守る剣ではなく、隣人を、……そして、君の日常を守るための剣を教える場所だ。もし許されるなら、これからも君の隣で、この店の用心棒として置いてはもらえないだろうか」

 それは、権力も名誉も捨て、ただ「結衣のそばにいたい」という彼なりの告白だった。彼のような高潔な人が、一介の人形店の用心棒になるなんて。けれど、その不器用な提案が、今の私には何よりも嬉しかった。

「道場主が人形店の用心棒なんて、贅沢すぎるわね。……でも、ウルやアルがまた喧嘩をした時は、ビシッと叱ってあげて。それから、時々は店のお茶を飲みにきて」

「ああ。……約束しよう」

 レオネルが差し出した大きな手。その手には、騎士として戦い続けてきた傷跡が幾つも刻まれている。私はその節くれだった温かい手を、そっと握り返した。

 かつて彼が私の手を取った時は、それは「連行」だった。でも今は、共にあるための「約束」だ。それが同じ手でできているのが、ひどく感慨深かった。剣で傷ついた手と、針で傷ついた手が、同じ場所で交わっている。どちらも、誰かを守るために傷ついた手だ。

 夕日に染まる彼の横顔は、これまでで一番穏やかで、一人の男としての自信に満ちていた。騎士として守るべき「国」を失ったのに、今の彼はずっと自由に見えた。丘の風が彼の平服の裾を揺らし、夕日が二人分の影を長く伸ばした。私の影と彼の影が、並んで、同じ方向を向いている。それだけのことが、妙に心に残った。


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