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第三十四話 暴かれた「黄金の檻」の真実


 視界が晴れた瞬間、ウルとアルは息を呑んだ。

 そこは、どこまでも続く真っ白な空間だった。天井も床もなく、ただ無機質な「虚無」が広がっている。音がない。風もない。匂いもない。ただ、白だけがある。その中心に、ポツンと置かれた一脚の椅子。

 そこに座っていたのは、今の「琥珀色の瞳の神」ではなく、まだ日本にいた頃のような、等身大の、どこか自信なげで、けれど懸命に生きていた頃の結衣だった。汚れた作業エプロン。指先にできた血豆。誰かに切り刻まれたテディベアの残骸を前に、泣くことも諦めることもできずに、ただ俯いている。あの深夜の工房の、あの結衣だ。孤独だった頃の、あの子だ。

 アルは思わず口を押さえた。この場所には、彼女のすべてが透けている。魔力でも感情でもなく、剥き出しの痛みが、白い空間に染み渡っている。

「主様……!」

 ウルが駆け寄ろうとする。だが、数歩進んだところで、彼は見えない「壁」に阻まれた。よく見ると、結衣の身体からは、無数の黄金の糸が伸びている。その糸は彼女の指先、手足、そして心臓を執拗に縛り上げ、椅子に固定していた。

「……これ、僕たちの魔力……?」

 アルが戦慄した声を上げる。黄金の糸の末端を辿れば、それは自分たちが結衣に施した「守護の術式」そのものだった。外の世界では「守り」に見えていたものが、彼女の内側では、彼女の自由を奪い、心を窒息させる「拘束具」として機能していたのだ。糸の一本一本に、自分たちの言葉が刻まれている。「外は危ない」「ここにいて」「主様には僕たちだけいればいい」。その言葉の総量が、今、彼女の手足を縛っている。愛が鎖になっていた。

「あはは、傑作だね。君たちが『愛してる』って言うたびに、この糸は増えて、彼女をがんじがらめにしてきたんだよ」

 ルカがハサミの先で、結衣を縛る糸をチン、と弾いた。

「見てよ、彼女の表情。……動かないでしょ? 君たちが彼女の代わりに全部決めて、全部やってあげて、挙句の果てに『外は怖いからここにいて』なんて言ったから。……彼女は、自分で考えることを辞めちゃったんだ。考えなくても、誰かが決めてくれるから。誰かが守ってくれるから。そのうち、何かを望むことさえやめた。望み方を忘れた。……つまり、今の彼女は君たちが作ったんだよ」

「違う……僕たちは、主様を傷つけたくなくて……!」

 ウルの叫びも虚しく、黄金の糸は男たちの声に反応してさらにきつく結衣を締め上げる。結衣の頬を、一筋の琥珀色の涙が伝った。

「……痛い……」

 掠れた、小さな声。それは今の無機質な彼女からは想像もできないほど、生々しい「悲鳴」だった。

「……やめて……もう、縫いたくない……」

 アルは、その場に崩れ落ちた。自分たちが良かれと思って与えてきた「依存」という名の毒。それが、彼女の職人としての誇りさえも、単なる「義務」へと変えてしまっていた。彼女が人間性を失ったのは、世界の代償だけではない。自分たちが彼女を「一人の人間」としてではなく、「自分たちを愛してくれる完璧な人形」として扱おうとしたからだ。一番好きだったものを、自分たちが壊した。その認識が、アルの中で溶岩のように沈んでいく。

「……俺は、なんてことを……」

 遅れて精神世界に意識を繋いだレオネルの声が、空間に響く。

「彼女を救いたいと言いながら、私もまた、自分の理想の『聖女』を彼女に押し付けていただけだったのか……。人間に戻れと叫びながら、私が望んでいたのも、私にとって都合のいい結衣だったのかもしれない」

「さあ、どうする? 絶望してここで消える? それとも――」

 ルカがハサミを大きく広げ、不敵な笑みを浮かべた。

「その醜い『黄金の糸』を、自分たちの手で切り刻んで、彼女を本当の意味で解放してあげる?」

 男たちの瞳に、初めて「所有」ではない、本当の意味での「覚悟」が宿った。


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