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第二十七話 窓を叩くパステルカラーの影


 その音は、双子の殺気とは無関係に、執拗に窓を叩き続けた。カチカチ、カチカチ。金属が硬い硝子を弾く、どこか楽しげなリズム。一定ではなく、まるで即興で歌を刻むような、軽さと意志が混在した音だった。

「主様、動かないで。……不浄なものが、結界の隙間から這い込もうとしています」

 アルの声が、地を這うような低音に変わった。彼は私の肩を抱き寄せ、その白い指先に魔力の雷を収束させる。眼鏡の奥の瞳が、珍しく動揺している。ウルの瞳もまた、獣のような鋭い縦長へと変わり、窓の外にある「何か」を威嚇した。二人がここまで緊張するのを、私はほとんど見たことがなかった。

 だが。パァン、と。

 何重にも張り巡らされていたはずの黄金の結界が、まるで薄い薄いレースが裂けるような音を立てて霧散した。布地が経年劣化でほどけるような、あっけない崩壊だった。アルが絶句し、ウルが跳び退く。

「あーあ。相変わらず、重苦しい空気が充満してるね。……カビが生えちゃうよ、結衣」

 窓枠に腰を下ろし、だぼだぼのパステルカラーのカーディガンを翻して現れたのは、見覚えのない少年だった。ふわふわとした淡い髪は、まるで綿菓子のようにふわりと風を孕んでいる。首元には使い込まれたメジャーをマフラーのように巻き付け、腰には銀色に光る――けれど、刃の先が欠けた、古い裁断バサミを下げている。その刃の欠け方が、長い年月をかけてすり減ったものだと、職人の目には一瞬でわかった。ひどく使い込まれている。愛されていたか、酷使されていたか、あるいは両方か。

「貴様……! 何者だ。主様を、その名で呼ぶな!」

 ウルが弾かれたように飛びかかる。黄金の炎を纏った拳が少年の顔面を捉える寸前、少年は空中でひらりと身体を捻り、まるで重力がないかのように天井近くまで浮き上がった。笑っている。まったく緊張していない。

「おっと、危ない。相変わらず凶暴なクマ公だね。……ねえ、結衣。僕のこと、覚えてる?」

 少年――ルカは、天井から逆さまに吊り下がるようにして、私の顔を覗き込んできた。猫のように細められた瞳。その奥にある狡猾な光が、私の琥珀色の瞳とぶつかる。双子が私を見る目とは、まるで違う。崇拝でも懸念でもない、純粋な好奇心と、それから――どこかに「懐かしさ」が混じっていた。

「……あなたは、誰?」

「ひどいなぁ。君が昔、ボロボロになるまで使って、それでも『捨てられない』って言って裏庭の物置に大事にしまってたハサミ……そのハサミに宿ってた僕を、君の魔力が勝手に具現化させちゃったんだよ。……いわば、僕は君の『未練』の化身ってわけ。ほら、見て。刃の先、欠けてるでしょ。君がある夜、厚い革を無理やり裁断しようとして、折っちゃったんだ。覚えてる?」

「未練……?」

 その言葉が、私の凍りついた思考に小さな波紋を広げる。未練。記憶にない言葉なのに、なぜか胸の奥の、感覚の戻りかけた場所が、その音に反応した。欠けたハサミ。使い込んだハサミ。捨てられないハサミ。それが今、笑いながら私の前に座っている。

 ルカはニシシと八重歯を見せて笑うと、アルが放った魔力の鎖を、腰のハサミを一閃させるだけで容易く切り裂いた。鎖は音もなく霧散し、床に溶ける。

「この子たちが君に見せてる『偽物の平穏』、もう飽きたでしょ? 結衣。今の君は、磨き上げられた綺麗な人形。でも、人形は『綻び』がないと面白くないんだ。傷ひとつない人形なんて、誰も本当に抱きしめてくれないよ。……完璧すぎるものは、遠くから眺めるだけのものになる」

 ルカは私の膝の上にふわりと着地すると、私の頬を冷たい指先で撫でた。双子が絶叫し、再び術式を展開しようとする。けれど、ルカはその動きを鼻で笑い、私の耳元で甘く毒のある声を忍ばせた。

「外にはね、君を『人間』として愛して、君のために何度でも扉を蹴破ろうとしてる堅物おじさんもいるんだよ。……ねえ、結衣。この檻を壊して、僕と一緒に『悪いこと』、しに行かない? 外の空気は、それなりに冷たくて、それなりに美味しいよ」

 琥珀色の瞳の奥に、かつて私が持っていたはずの、熱い何かが微かに爆ぜた。それは、双子が最も恐れていた、私の「自我」の胎動だった。ウルとアルが同時に動く。が、その前に。私の指先が、ほんの少しだけ、ルカの方を向いた。


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