第二話 伝説の「ひと針」が奇跡を起こす
「……この子の悲鳴、私が止めてあげます」
私の言葉に、脂ぎった顔の男――自称・技師のガストンが、突き出した腹を揺らして爆笑した。
「はあ!? ただの小娘が何を言ってやがる。そいつはな、北の戦場で大破した軍用守護人形の成れの果てだ。この街の一流技師が束になっても直せなかったガラクタなんだよ!」
ガストンの背後で、鋼鉄の人形がギギ……と錆びた音を立てる。確かにひどい状態だ。右腕は引きちぎれ、胸の装甲からは魔力の光がドロドロと漏れ出している。
けれど、私には「見えて」いた。
叔父の銀の針を握りしめた瞬間、世界がモノクロになり、人形の体の中を走る魔力の糸だけが、鮮やかな青色で浮かび上がったのだ。
(……ひどい。無理やり繋ぎ合わされて、節々が悲鳴を上げてる。これじゃ動くたびに自分が壊れていく一方じゃないか)
職人としての怒りが、恐怖を上回った。現実世界でも、私はぬいぐるみの悲鳴が聞こえるような気がして夜眠れないことがあった。その感覚と、これはまったく同じだ。
「ウル、アル。彼を押さえていて」
「仰せのままに、主様」
ウルがふわりと宙を舞い、驚くべき速さでガストンの目の前に着地する。アルは静かに指を鳴らし、見えない空気の壁で男の動きを封じた。
「なっ、貴様ら……っ!?」
「静かに。主様のお仕事の邪魔ですよ」
アルの冷徹な声。
私はその隙に、鋼鉄の人形の胸元へ近づいた。普通なら防護魔法もなしに触れれば魔力中毒で倒れるレベルの奔流。けれど私の指先が触れた瞬間、荒れ狂う青い糸が、まるで飼い主に撫でられた仔犬のようにピタリと静まった。
(ここを、こうして……この糸とこの糸を結び直せば……!)
銀の針が、空中に黄金の軌跡を描く。
現実世界では「古臭い」と捨てられた私の手縫いの技術。一針一針に心を込め、素材の声を聞くその指先が、異世界の魔力術式を完璧に再構築していく。最初の一目。二目目。三目目。針目のひとつひとつに、この子の痛みを和らげたいという願いを込める。
――カチッ。
最後のひと針を通した瞬間、店内に清涼な風が吹き抜けた。
ボロボロだった鋼鉄の表面から錆が剥がれ落ち、鈍い銀色の輝きが戻る。人形の虚ろだった瞳に、温かな琥珀色の光が灯った。
『……起動、正常。……痛みが、消えた?』
人形が、信じられないものを見るように自分の手を見つめた。そして、ゆっくりと私の前に膝をつく。
『感謝を、新たな主よ。貴女の針は、私の魂を縫い繋いでくれた』
「え……!? あ、いや、私はただ……」
「な、なんだと……!? 一瞬で軍用機を完全修復させただと!?」
腰を抜かしたガストンが、震える指で私を指差す。
「そ、そんな馬鹿な! 伝説の『聖針職人』でもなきゃ、そんな芸当できるはずが――」
「……おじさんの店から、出て行ってください」
私が静かに告げると、修復された銀色の騎士人形が、静かに剣を抜いた。その切っ先がガストンの喉元に突きつけられる。
「ひ、ひいいいっ! 覚えてろよ!」
捨て台詞を残して、男は転がるように店から逃げ出していった。
◇
静寂が戻った店内に、パチパチと拍手の音が響く。
「さすがは僕たちの主様。惚れ直してしまいました」
「ええ。ジョンの旦那様ですら、これほどの速度での魂の修復は成し遂げられなかった。……素晴らしいです、結衣様」
ウルとアルが、誇らしげに私の両脇を固める。
「……あ、あの、二人とも。ありがとう」
緊張が解け、へなへなとその場に座り込む私。
すると、ウルが私の膝に頭を乗せ、アルが背後からそっと肩を抱いた。
「お疲れ様です。頑張った主様には、とっておきの蜂蜜ティーと、僕たちの全身全霊の甘やかしが必要ですね」
「えっ、ちょっ、近いよ二人とも……!」
再建したばかりのジョンの人形店に、波乱の幕開けとともに初めての笑い声が満ちた。私の「愛され職人生活」が、今度こそ本当に始まったのだ。




