第十三話 黄金の糸、空を舞う
「……温かくなって、いいんだよ。もう、独りじゃないから」
巨神の心臓部に触れた私の指先から、黄金の魔力が溢れ出した。裏庭の深部で摘み取った魔力の綿が、私の祈りに応じて極細の、けれど決して切れない強靭な輝きの糸へと姿を変えていく。
一目、二目。凍てついた術式の回路を、一針ずつ丁寧に縫い合わせていく。
現実世界のブラック工房では「コストに見合わない」と切り捨てられた私の手仕事が、今、数百年分の絶望という名の氷を溶かしていく。
「ウル、熱を! アル、循環を!」
「了解、主様! このデカブツを、とびきり熱い愛で包んであげるよ!」
「承知いたしました。結衣様、魔力の逆流は私がすべて受け止めます。貴女はただ、針先に心を乗せてください」
二人が本来の姿の断片を現し、巨神の内部で魔力を爆発させた。ウルの黄金の炎が回路の氷を蒸発させ、アルの蒼白の風が新しい魔力を全身へと送り届ける。その中心で、私は銀の針を指揮棒のように振るった。
三目、四目、五目。針を通すたびに、心臓部のクリスタルが少しずつ輝きを取り戻していく。最初は細いろうそくの火のように。それが次第に、炉の奥の熾火のように。そして今、太陽のように。
その時、変化は内部だけにとどまらなかった。
ドーム状の格納庫の外――王宮の空を、無数の黄金の光が埋め尽くしたのだ。
巨神の全身にある術式の刻印から、結衣が紡いだ糸が溢れ出し、まるでオーロラのように美しく棚引く。それは格納庫の壁を透き通り、城の尖塔を回り込み、街の人々の目に届くほど高く昇っていった。
「な、なんだ……!? 王宮が、黄金の繭に包まれているぞ!」
「見てみろ、アイギスが……巨神が、光っている!」
嘲笑っていた技師長も、静観していた国王も、等しくその光景に言葉を失った。
結衣が放つ糸は、単に機械を直しているのではない。この国に眠っていた守護の記憶を、現代の人々の心へと繋ぎ直していた。失われた誓いを、時代を跨いで縫い合わせていた。
――ドクン。
巨大な、重厚な鼓動がドーム内に響き渡った。結晶化していた魔力伝導体が鮮やかな青色に染まり、巨神の瞳に、太陽のような琥珀色の灯が宿る。
『……あたたかい。……主よ、私の長い冬を終わらせてくれたのは、貴女か』
巨神の声は、地響きのように重く、それでいて慈愛に満ちていた。ゆっくりと、数百年ぶりに巨神がその膝を立て、立ち上がる。その頭頂部が格納庫の天井を突き破らんばかりの勢いで。
黄金の糸が空を舞い、光の粒が雪のように街まで降り注ぐ。人々は空を見上げ、伝説の復活を悟った。一人の職人の指先が、一国の象徴を文字通り救い上げたのだ。
「……できた」
ハッチから這い出してきた私は、真っ白な光の中で、真っ先に駆け寄ってきたウルとアルの腕の中に倒れ込んだ。
「お疲れ様です、主様。……世界で一番、かっこよかったですよ」
ウルの声が、遠くで誇らしげに響いた。王宮中に鳴り響く歓声と、膝をつく技師たちの姿。
けれど、私はまだ気づいていなかった。この巨大な奇跡と引き換えに、私の心から何かが、ひと針分だけ、静かに抜け落ちてしまったことに。




