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第十二話 巨大な孤独、冷え切った心臓


「……正気か? 外部回路の洗浄すら数ヶ月かかるというのに、中に入るだと?」

 技師長の驚愕の声を背に、私は迷わず巨神人形『アイギス』の胸部にあるハッチへと手をかけた。触れた瞬間、指先から伝わってきたのは、雪山に素手を突っ込んだかのような凍てつく冷気。けれど、その冷たさの奥底に、微かな、本当に微かな鼓動の残響を感じた。

「主様、無茶はしないでくださいね。……寒かったら、僕が火を焚いてあげますから」

 ウルが心配そうに私の裾を握り、アルは無言で私の背中を支えるようにハッチを開いた。

 内部は、外の喧騒が嘘のような静寂に包まれていた。複雑に絡み合う魔力伝導体は、まるで巨大な洞窟の鍾乳石のように白く結晶化している。数百年もの間、主を失い、誰にも触れられなかった時間が、この場所を凍土へと変えてしまったのだ。

「……ひどい。こんなに凍えて、独りでいたんだね」

 一歩進むたびに、私の吐息が白く濁る。足元の床は薄い氷の膜で覆われ、踏み出すたびにぴしりと音を立てた。人形の内側にいるのに、星のない夜の荒野にひとり立っているような感覚だ。

 銀の針を構えると、モノクロの視界の中に、本来なら鮮やかに流れているはずの命の糸が見えた。しかしそれは流れることをやめ、鋭い氷の針となって人形の節々に突き刺さっている。動こうとすれば自分を傷つけてしまう――だから、この子は沈黙を選んだのだ。

「結衣様、見てください。あそこが心臓部……術式の核です」

 アルが指し示した先。巨神の胸の中央に、巨大なクリスタルのような球体が鎮座していた。その内部には、かつてこの国を統治した者たちの守護の誓いが詰め込まれている。けれど今はその誓いさえも黒い煤のような絶望に覆われ、光を失っていた。

「……これが、拒絶。あまりに強い力を守るために、自分を閉ざしてしまったんだ」

 私は、その冷え切った心臓にそっと両手を添えた。

 瞬間、頭の中に濁流のようなイメージが流れ込んでくる。戦火の中で立ち尽くす巨神。守るべき人々が老い、去り、自分だけが置き去りにされていく時間の残酷さ。百年が、また百年が重なり、人の声がひとつまたひとつと消えていく。

(……寂しかったよね。重かったよね、その役目)

 気づけば、私の頬を熱い涙が伝っていた。

 その涙が心臓部の氷に触れた瞬間、パキリ、と小さな音が響く。

「主様……泣いているのですか?」

 ウルがそっと私の涙を拭った。

「ううん、大丈夫。……ただ、この子の気持ちが、痛いほど分かっちゃって。私もね、ブラック工房にいた時、自分を殺して動かないようにしてたから。そうしないと、心が壊れちゃうから」

 私は銀の針を、自分の胸の高さに掲げた。叔父の針が、今までにないほど優しく、月明かりのような光を放ち始める。

「よし。……あったかい魔法を、一針ずつ縫い込んであげる。もう、独りで凍えなくていいんだよ」

 私は裏庭で摘んできた魔力の綿を指先で解き、黄金の糸へと変えた。冷え切った心臓を包み込むように、私の想いという名の新しいステッチが始まろうとしていた。

 外で待つ技師たちが望んでいるのは、強力な兵器の復活。けれど私が今から行うのは、一人の職人による、傷ついた魂への手当てだった。


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