第十一話 王宮からの招待状と「不敵な騎士」
ギルドの悪事を暴いたあの日から、街の空気は一変した。
『ジョンの人形店』の前を通る人々は、誰もが敬意を込めて会釈をし、店にはひっきりなしに感謝の花や差し入れが届く。ブラック工房で誰にも気づかれず、ただ歯車として回されていた頃には想像もできなかった光景だ。
「主様、またお花が届いていますよ。……ふん、主様の美しさに比べれば、こんな花、ただの枯れ草ですけどね」
ウルが、届けられたばかりのラベンダーの束を花瓶に挿しながら、少しだけ嫉妬深そうに唇を尖らせた。金色の瞳がちらりと私を窺う。
「そんなこと言わないの。みんなが喜んでくれているんだから。……ねえ、アル。今日の予約は?」
「それが、結衣様。本日は予約のお客様よりも先に、対応すべき方がお見えです」
アルが静かに指し示した先――店の前に、見たこともないほど豪華な、白金で縁取られた馬車が停まっていた。石畳に映る車体の白さが、朝の陽光をはね返してまぶしいほどだ。
馬車から降りてきたのは、まばゆい銀の甲冑に身を包んだ近衛騎士たちだ。彼らは真っ直ぐに店へ入ってくると、私の前で一糸乱れぬ動作で跪いた。
「聖針職人、野中結衣殿とお見受けする。王宮より、陛下のご招待を預かって参った」
差し出されたのは、王家の紋章が刻印された重厚な封筒。ずっしりとした封蝋の感触が指先に伝わる。
街の救世主となった私の噂は、ついにこの国の最高権力者のもとまで届いてしまったらしい。
「王宮……。私なんかが、そんな場所に行ってもいいの?」
「……主様が行きたいとおっしゃるなら、奈落の底までお供しますよ。もちろん、王宮なんて退屈な場所でもね」
ウルが私の手を握り、いたずらっぽく微笑む。
「結衣様、これもまた叔父様が歩まれた道の一つです。避けては通れないのでしょう」
アルの冷静な言葉に背中を押され、私は招待を受ける決意をした。
◇
王宮へ向かう馬車の中、私は緊張で指先を震わせていた。そんな私を安心させるように、ウルは小さなクマの姿になって膝の上で丸まり、アルは人間姿のまま、静かに本を読んでいるふりをして、そっと肩を寄せてくれている。
やがて到着した王宮は、天を突くような尖塔が立ち並ぶ白亜の城だった。城壁のひとつひとつに精緻な彫刻が施されており、ここで生きてきた無数の人々の時間が刻まれているようだった。
案内されたのは謁見の間ではなく、城の最深部にあるという巨大なドーム状の格納庫。そこには数え切れないほどの宮廷技師たちが集まり、何かに向かってあーだこーだと議論を戦わせていた。
「……遅いな。それが例の『聖針職人』か? 随分と、か細い小娘ではないか」
冷ややかな声とともに現れたのは、金色の刺繍を施した贅沢なローブを纏った老人だった。宮廷技師長だと名乗るその男は、私の技術を疑うような鋭い視線を向けてくる。周囲の技師たちも、品定めをするように私を眺め回した。
「陛下がお呼びなのは、あちらだ。……我が国が誇る守護の象徴、巨神人形『アイギス』。数千年前の神話の時代からこの国を守り、そして数百年前、突如として沈黙した伝説の人形だ」
老人が指し示した先を見上げ、私は息を呑んだ。
そこには、高さ十メートルはあろうかという、白銀の巨人が鎮座していた。人型を模してはいるが、その表面は細かな術式の彫刻で覆われ、もはや工芸品というよりは一つの祈りの結晶のよう。けれどその巨神の瞳に光はなく、全身からは凍てつくような孤独の冷気が放たれている。
「これを……私に直せ、ということですか?」
「ふん。数代にわたる技師長たちが、人生のすべてを捧げても指一本動かせなかったのだ。街のぬいぐるみを直すのとは訳が違うぞ」
周囲の技師たちから、クスクスという嘲笑が漏れる。
けれど私の耳には、彼らの笑い声よりもずっと大きく、心に直接響いてくるものがあった。
――寒い。暗い。寂しい。
巨神人形から放たれる、声なき悲鳴。叔父の銀の針が、私のポケットの中で、共鳴するように激しく脈動し始める。
「……ウル、アル。道具を」
「主様……?」
「この子、ずっと待ってる。……誰かが、自分の中に流れる凍りついた孤独を縫い解いてくれるのを」
私は嘲笑する技師たちの間を通り抜け、巨神の足元へと歩み寄った。王宮という巨大な権力の中心で、私は再び、一人の職人として針を構える。
「はじめまして。……今、温かくしてあげるからね」
不敵な笑みを浮かべる技師長を背に、私の指先が、この国最大のほつれに触れようとしていた。




