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第十話 聖針職人、街の救世主へ


「……おねえちゃん、助けて。くまさんが、起きないの」

 翌朝。店の扉が開くと同時に飛び込んできたのは、涙で顔をぐちゃぐちゃにした男の子だった。その腕の中には、ぐったりと首を垂らしたテディベアがある。

 それだけではなかった。店の外を見ると、同じように動かなくなった人形を抱えた人々が、絶望した表情で列をなしていた。昨日まで元気に笑っていたはずの人形たちが、一夜にして全員眠りについてしまったように。

「主様、これを見てください」

 アルが、街の広場の方を指差した。そこでは、職人ギルド『アイアンニードル』が、安価な魔力供給石を配り歩いている。

「ギルド製の人形をお持ちの方! この石を使えばすぐに治りますよ! ただし、ジョンの店のまがい物に触れた人形は保証対象外だ!」

 その光景を見た瞬間、私の胸の奥で職人としての怒りが静かに、けれど激しく燃え上がった。

 預かった男の子のテディベアに触れる。……視えた。

 人形の中に、醜い吸魔の糸が仕込まれている。ギルド製の人形は持ち主の魔力を少しずつ吸い上げ、限界が来ると止まるように細工されていたのだ。そして彼らが配っている石は、さらに依存度を高めるための毒に過ぎない。

(これは……人形を道具として使っている。持ち主も人形も、両方搾取しているんだ)

 ブラック工房で三年間、自分の作品を食い物にされ続けた記憶が、胸の奥で燃える怒りに重なった。

「……ウル、アル。広場へ行くよ。おじさんの道具を全部持って」

「待ってました! 主様、暴れちゃっていいんだよね?」

「ええ、ギルドの浅知恵、完膚なきまでに縫い潰して差し上げましょう」

 広場に到着すると、私はギルドの連中が陣取る演台の真ん前に立った。

「その石を使っちゃダメ! それは人形を治すものじゃない、壊すためのものです!」

 群衆がざわめき、ギルドの支部長が鼻で笑った。

「はっ! ジョンの店に残った小娘か。証拠でもあるのか? 我々の高度な魔力術式を、お前のような素人が理解できるはずも――」

「――術式なんて、見れば分かります。だって、あなたたちの縫い目は『泣いている』から」

 私は銀の針を天に掲げた。裏庭の深部で摘んできた魔力の綿が、私の魔力に反応して雪のように空中に舞い上がる。

「ウル、炎を! アル、風を!」

「了解!」

 ウルが黄金の炎を、アルが蒼白の風を解き放ち、広場全体を眩い結界で包み込む。二人が守護獣の片鱗を見せた瞬間、群衆がどよめいた。

 私は舞い上がる綿を一瞬で極細の糸へと紡ぎ、銀の針を振るった。

 それはもはや、裁縫の域を超えていた。空中に浮いた数百体の人形たちへ、黄金の光の糸が雨のように降り注ぐ。

 シュッ、シュシュッ!

 私の針が空を切るたび、人形の中に仕込まれていたギルドの吸魔の糸が弾け飛び、代わりに裏庭の純粋な魔力が流れ込んでいく。現実世界で「重い」と言われた私のこだわり。一針ごとに持ち主への愛を込めるその執念が、今、街中の人形たちを呪縛から解き放っていく。

『……わあ、身体が軽い!』

『おはよう、大好きだよ!』

 広場中の人形たちが一斉に目を覚まし、持ち主の胸に飛び込んだ。輝くような笑顔と、驚天動地の歓声が広場を包む。

「ば、馬鹿な! 一瞬で数百の術式を書き換えただと!? そんなこと、人間の職人にできるはずが――」

 支部長がへなへなと腰を抜かす。その横で、ギルドの不正を暴く証拠の糸が赤黒く光り、衆目に晒された。

「……職人を名乗るなら、人形を道具にしないでください。この子たちは、誰かの大切な家族なんです」

 私の静かな、けれど毅然とした言葉に、街の人々から地鳴りのような拍手が巻き起こった。

「聖針職人だ! 本物の聖針職人が現れたぞ!」

 夕暮れ時。勝利の余韻に包まれながら店に戻ると、私はどっと疲れが出てソファに倒れ込んだ。

「あはは……。ちょっと、やりすぎちゃったかな」

「いいえ。最高に格好良かったですよ、主様」

 ウルが私の頭を優しく撫でる。アルが冷たいタオルで、針仕事で傷んだ私の手を丁寧に拭いてくれた。

「これでこの街に、ジョンの店の名を汚す者はいなくなりました。……ですが、結衣様。貴女の力が知れ渡ったことで、次は国や、もっと大きな運命が動き出すかもしれません」

 アルの言葉に、私は窓の外を見つめた。裏庭の向こう、霧の深い森。叔父が消えた場所。私はまだ、自分が手にしたこの針の本当の意味を、半分も知らないのかもしれない。

「……何が来ても大丈夫。私には、ウルとアルがいるもんね」

「もちろんです、主様」

「生涯、貴女の指先を守り抜くと誓いましょう」

 二人の温もりに包まれながら、私は深い眠りに落ちていった。職人としての、本当の戦いは――ここから始まるのだ。

 

(第二章 完)



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