第百六話 人形店の「今」
王都に戻って、三日が経った。
一日目は全員、ただ眠った。二日目は店の掃除をした。三日目の朝から、仕事を再開した。
修復依頼の人形が山積みになっていたが、不思議と気が重くなかった。むしろ、一体一体の人形を手に取るたびに、ちゃんとここに帰ってきたのだという実感が増した。
朝の光の中で針を動かしていると、ウルが蜂蜜茶を持ってきた。
「はい」
「ありがとう」
「……旅から帰ったら、絶対これをやろうと思ってた」
「蜂蜜茶を渡すことを?」
「うん。主様が縫い物してる横で、お茶を渡すことを。船の上でずっと考えてた」
ウルが私の隣に腰を下ろした。いつもの場所だ。右側、少し近め。この位置が、ウルの定位置だ。
「変わってないね、ここ」
「変わってない。……ちょっと埃っぽいけど」
「それは片付けが足りません」
アルが棚の埃を拭きながら言った。彼も今朝から店の手入れを始めていて、手帳に修復依頼の優先順位をまとめていた。
「アル、全部一人でやらなくていいよ」
「把握していないと落ち着かないので」
「旅の前と変わってない」
「変わりました。以前は全部自分でやらないと気が済まなかった。今は、把握した上で任せることができます」
言いながら、アルが手帳を私の方に向けた。優先順位のリストが、几帳面な字で並んでいる。
「今週の修復予定です。確認していただけますか」
「確認する。……でも、もう少し後で」
「今が都合いいのですが」
「主様のペースでいいでしょ」とウルが言い、「スケジュールがあります」とアルが返した。
私は蜂蜜茶を一口飲んだ。甘くて、温かかった。この味が、ここにある。それだけで十分だった。
ノアが二階から降りてきた。手に折り紙の紙を持っている。今日は朝から何かを作っているらしい。
「できた」
「何が?」
ノアが机の上に置いたのは、折り紙の魚だった。叔父からの手紙と同じ形だ。少し歪んでいるが、魚に見える。
「……叔父さんの真似?」
「違う。俺が作りたかっただけ。……手紙じゃなくて、ただの魚」
ノアが素っ気なく言った。でも、その魚を机の上に飾ったままにした。
店が、少しずつ動き始めていた。




