第百五話 王都への帰還と、次の「動く手紙」
王都の港が見えたのは、出航から数えて長い旅の末のことだった。
朝の光の中に、見慣れた石畳の港が見えた瞬間、ウルが「あ、王都だ」と言った。それだけの言葉だったが、全員の肩から何かが抜けた。
船が桟橋に着くと、ウルが一番先に飛び降りた。桟橋をぱたぱたと走って、石畳の上で一回転した。
「地面が動かない!」
「当たり前です」とアルが言いながら、でも彼も桟橋に降り立った時、靴の底で石畳を確かめるように踏んでいた。
人形店は、変わっていなかった。
街の人々が守っていてくれた。扉には「留守中です。戻り次第営業再開します」という貼り紙がしてあって、その貼り紙に街の人たちが書き足した言葉が並んでいた。「待ってます」「早く帰ってきてね」「人形を直してほしいです」。
私はしばらく、その貼り紙を眺めていた。
ウルが後ろに来て、私の肩越しにのぞき込んだ。
「……帰ってきたね、主様」
「うん。帰ってきた」
「嬉しい?」
「嬉しい。……あと、少し信じられない感じ」
「何が?」
「ちゃんと帰ってこれたこと」
ウルが私の肩に顎を乗せた。
「帰ってこれたよ。全員で」
アルが鍵を開けた。扉が開くと、店の中から埃の匂いと、かすかに蜂蜜の匂いがした。叔父の店の匂いだ。ずっとここにあった匂いだ。
全員で中に入った。
テーブルの上に、人形の修復依頼が山積みになっていた。戻るのを待っていてくれた人たちの、人形たちが並んでいる。
私は銀の針を取り出した。橙色の光が、静かに灯った。
「さあ、仕事を始めましょうか」
「今日からですか!?」とウルが言った。
「明日からにしましょう」とアルが言った。
「今日はノアのリクエスト通り、ご飯にしましょう」とレオネルが言った。
ノアが「言った通りになった」という顔をした。
全員でテーブルを囲んだ。ウルが台所に走り込んで、ジャム入りのパンを焼き始めた。アルがお茶を入れた。ぬるめに。ノアが「ちゃんとぬるい」と確認した。レオネルが椅子を引いて、私を座らせた。
「……ちょっと過保護じゃないですか」
「旅の疲れが出ます。今日くらいは座っていてください」
レオネルが珍しく、全く引かなかった。
窓の外に、秋の光が差し込んでいた。
その時、扉をノックする音がした。郵便夫だった。「留守中にお預かりしていた手紙です」と言って、封筒を差し出した。
封筒の中から、小さな魚の形をした折り紙が飛び出してきた。
それが動いた。
「縫う者よ、まだ半分もたどり着いていない」
という叔父の声で。
ウルが台所から顔を出した。「また来た!」
アルが「予想していました」という顔をした。ノアが「次はどこだ」と言った。レオネルが「今日はご飯が先だ」と言って、折り紙の魚を私の手の上から取り上げた。
「……レオネルさん、それ叔父からの手紙です」
「ご飯の後に読みましょう。叔父君も、食事中に邪魔するほど急ではないでしょう」
魚の形をした手紙が、レオネルの手の中でぴたりと動きを止めた。
ウルが爆笑した。アルが「珍しいですね、そういう扱い」と言いながら口の端を上げた。ノアが「なんかかわいい」と言って、すぐに「言ってない」と言い直した。
私は笑った。この店で、この仲間たちと笑っている。それが、今この瞬間、世界で一番普通で、一番大切なことだった。
ジャムの焼ける甘い匂いが、店に満ちていた。
(第二十一章 完)




