第百四話 ノアが「好きなもの」を一つ増やす
帰路の五日目、午後だった。
船室の小さな机で縫い物をしていると、ノアが入ってきた。手に、折り紙の紙を持っている。
「……隣、いい?」
「どうぞ」
ノアが私の隣に座って、折り紙を折り始めた。二人で黙って、各自の手仕事をした。しばらくそういう時間が続いた。悪くない沈黙だった。
ノアが先に口を開いた。
「俺さ、好きなものが増えた」
「何が増えたの?」
「折り紙。あと、ウルのジャム入りパン。アルのぬるいお茶。……廃工房の夜に結衣と話したこと。崖でルカが少し笑ったとこ。レオネルがなんか不器用に気遣ってくるとこ」
ノアが指を折りながら数えた。
「多い」
「地下室にいた時は、好きなものがなかった。痛みしかなかった。……でも今は、これだけある」
ノアが折り終えた折り紙を机の上に置いた。今日の鶴は、前より少しだけ上手かった。翼の角度が、左右で揃っていた。
「……上手くなってる」
「まだ下手くそ」
「でも前よりずっといい」
ノアが鶴を見て、少し黙った。
「カナに、もっと上手くなったら見せにきていいって言われた。また島に行けるかな」
「行けると思う」
「……そっか」
ノアがまた黙った。それから、ぼそりと言った。
「結衣」
「なに」
「俺、お前のことが好きだ。仲間として」
強調した「仲間として」が、ノアらしかった。でも、その前の「好きだ」が、しっかり真っ直ぐだった。
「私もノアのことが好きよ。仲間として」
ノアが「それでいい」と言って、また折り紙を折り始めた。今度は少し違う形に挑戦しているようだった。
そこへウルが入ってきた。
「何してるの、二人で」
「折り紙と縫い物」
「僕も入っていい?」
「どうぞ」
ウルが私の反対側に座った。特に何かするわけでもなく、ただそこにいた。しばらくして、アルが差し入れのお茶を持ってきた。「ここにいたんですか」と言いながら、人数分のお茶を置いて、自然に座った。
四人で机を囲んだ。ノアが折り紙を折って、私が縫い物をして、ウルがお茶を飲んで、アルが手帳に何かを書いていた。
外から、レオネルが「飯ができた」と声をかけてきた。
「今行きます」とアルが答えた。
全員で立ち上がった。こういう時間が、好きだと思った。




